化け神様のお巫女様

@EnjoyPug

第1話 巫女 朝風カヤ

 草に朝露が光る早い時間。

 山奥にぽつんと一軒、古い民家から引き戸が開いた。


「う~~~っ……。さーて、今日も頑張ろう」


 外に出てきたのは甚平姿の少年。朝の陽ざしを浴びながら空を見上げる。

 風に揺れるのは夏を告げる若葉たち。しかし見上げれば寂しさある秋模様。

 季節の境目でもないのに不思議な様子──。

 ぽつりと呟きながら腰につけたヒョウタンを揺らしていると、何かに気が付いた。


「あれ……?」


 積み上げられた薪山、その下にうつ伏せで倒れている少女がいる。

 こんな山奥に人の気配などまず無い。

 何故こんな場所に──という疑問はすぐに消え、少年は急いで駆け寄った。


「き、君、大丈夫っ!?」

「う~~~ん……」


 肩を掴んで揺らすと微かに唸る声。

 その反応を見てほっと胸を撫でおろす。

 とはいえ、こんな場所に寝かせておくわけにはいかない。

 少年は彼女を肩に担ぎあげて、自分の家に戻っていった。




「ふわ~っ、助かりました~。まさかあんなとこで寝ちゃうなんて」

「は、はぁ……」


 囲炉裏の傍で寝かした途端、少女はすぐに目を覚まして今に至る。

 回復の早さよりも目を引いたのは彼女の服装である。

 赤を基調とした和装の上着にハーフパンツ。

 髪を束ねるカチューシャには花の意匠が刻まれている。

 この古びた民家と自分のを比べて、少女の姿は不思議な格好をしていた。


「あ、あの、僕の名前はシュンっていうんだけど……君は誰? どこから来たの? 全然見たことのない服だし……」

「あっ、ごめんなさい。挨拶がまだでしたね。私は朝風あさかぜカヤって言います。日本から来ました」

「ニホン?」

「はい。その感じだと、ちゃんとできたみたいですね。もしかしてここは仙廟山せんびょうざんってところですか?」

「仙廟山? いやいや、こんな大層なとこじゃないよ。仙廟山はもっと北の方かな? そう考えたら、ここは辺鄙なとこだよ」

「えっ、仙廟山じゃないんですか? そんなぁ~……」


 カヤはがっくりと肩を落として項垂れていると、腹の虫が聞こえてくる。

 音が鳴り終わると、顔を赤らめて恥ずかしそうに身を縮めた。


「何か色々あると思うけど、お腹が空いてるならまずはご飯にする? ちょうど昨日の残りがあるから」

「いいんですか? なんか色々、ありがとうございます」

「大丈夫だよ。ちょっと待ってね、今温めるから。えーっと、火打ち石は……」


 シュンが火をつけるための道具を探そうと目をそらしたとき、カヤの肩から半透明のが現れる。

 半透明のそれが揺れると、静かだった囲炉裏に赤みが灯った。


「あった、あった。……あ、あれ? 火がついてる……?」

「どうかしたんですか?」

「いや、う~ん? 消し忘れたのかな?」


 灰の中にある炭に火が灯ったことを不思議に思いながらも、その火種を消さないよう燃料を足していく。

 囲炉裏の上に吊り下げられている黒い鉄鍋。

 木の蓋を開けると汁物が湯気と匂いを運んでくる。

 それを器によそって、カヤに差し出す。

 キノコと山菜を煮込んだものが顔を覗かせた。


「いただきます!」


 二人は食事の挨拶をして、汁物を口に運んでいく。

 薄い味だが、キノコのおかげでうま味はある。

 優しい刺激がすきっ腹にはちょうどよかった。


 汁物を啜っていると、再びカヤの肩から半透明のが出てくる。

 今度はシュンの目にも、それがはっきりと見えた。

 ──茶褐色の毛並み、目の周りと縁取りが黒い獣、狸だった。


「くんくん、いい匂いだな~」


 鼻を鳴らしながら口にするのは人の言葉。

 それに気が付いたカヤは、狸に慌てながら小声で話しかけていた。


「カ、カイナ様! ダメですって! 人がいるのに出てきちゃ……」

「平気だって。ここが神界だからってただの人間が見えるワケ、が……」


 カイナと呼ばれた狸は言葉を詰まらせながら一点を見始め、カヤも視線を追ってみる。

 目線の先には器を持ったまま固まっているシュンの姿。

 呆然とした様子でこちらを見ていた。


「た、タヌキがしゃべった……?」

「わーっ! これは~、そのぉ……」

「もういいんじゃないか? 現世と違ってこっちだといつかはバレるんだ。それに姿をずっと隠すのは疲れる」


 カヤの近くから別の声。今度は暖色の狐が姿を現す。

 狸と狐。カヤが二つの動物を使役していることにシュンの目は丸いままだった。


「えーっと、この子たちは私の神社で祀られている神霊たちです。狸のカイナ様と狐のサトリ様って言います」

「よろしくな少年」

「よろしく」

「よ、よろしく……」


 カイナは明るい声で、サトリは少しそっけない声でシュンに挨拶を交わす。


「その、こっちの世界では普通、この子たちは見えないんです。だからずっと姿を隠していたというか……」

「そうだったんだ。こっちは人の前に現れる神様はいるって聞くから平気だよ。でも神様かぁ、初めて見たなぁ」

「そんなことより少年、この匂いはどこからだ? お前の近くからするんだけど」


 再び鼻を鳴らす狸のカイナ。

 何かを探しているような様子に、シュンは腰につけたヒョウタンを手に取って見せてみた。


「もしかして、これです?」

「おっ! そこからだ。もしかして──」

「酒が入ってるね。その中に」


 サトリの一言にカイナは舌を出して目を光らせる。

 今にも飛びつきそうな様子に、シュンはヒョウタンを腕の中に隠してしまった。


「だ、駄目ですよ! これは大事なモノなんですから!」

「なんでだ? 子供は酒が飲めないだろう? だったら俺のような偉大な神霊に捧げたほうがご利益あるぞ~」

「偉大ってそれ自分で言うんだ」

「何か言ったか? サトリ」

「別に」

 

「そういえばシュンさんはここに一人で住んでるんですか? 他の人たちは?」

「山を下ったところに村があるけど、ここには僕だけだよ。この山を守る主様が近くにいるんだ。主様の為に毎日このお酒を捧げて掃除をするんだよ。今年は僕がそれを担当することになっていて、奥にある大ツボが空っぽになるまで帰ることは許されないんだ」

「えっ!? それってすごく大変じゃないですか!!」

「ええ、でも主様がいるから山から恵みをもらって暮らせてると思えばそんなに……。それにお酒もだいぶ少なくなって、今日と明日でちょうどぐらいかな。ただ──」


 話すシュンの目が外に向き、日の当たり方のせいか暗く見える。


「最近、外がおかしいんだ。春のような暖かさだと思ったら森の中は冬のように静かだし、今日も夏みたいな景色なのに秋の風でちょっと寒い。何か粗相でもしたのかなぁ、はぁ……」


 山のことを心配して溜息をつくシュンに一人と二匹は顔を見合わせていた。


「まぁでも、いつか機嫌を直してくれるかもしれないから。よかったらそこまで一緒に行く?」

「いいんですか?」

「うん。別に誰かが来ることは禁じられていないんで」

「だったら行ってみたいです!」


 食事を終えたカヤたちはシュンに連れられ、山の主の場所へと向かう。

 ここからさらに上に登り、短い山道を歩いていくとそれは見えてくる。

 広い池に滝が高い場所から落ちている。

 その手前にはお供えをする台と酒杯が置かれていた。


「ここだよ。ここに主様がいるんだ」

「わぁ~。すごい滝です。気持ち~」

「確かに小僧の言う通り、ここから神の気を感じる。こちらと同じ類のものだな」

「サトリ様と同じ?」

「ああ、静かだが力強さを感じさせる。この山々を任せるだけのことはあるな。この気を長期間浴びたのなら、こちらのことを見えてもおかしくはない」

「なるほど~。普通は見えないですからね」


 サトリ様が周囲を見渡しながらカヤにそう告げる。

 一方でシュンは腰を下ろすと持ってきたヒョウタンの蓋を取り、置かれている酒杯を手で持つ。

 後ろから覗いていてみると中身は空で、確かに飲まれた形跡があった。

 シュンはそれをトクトクと音を鳴らして酒杯に注ぎ入れる。

 最後の一滴まで垂らすと、丁寧に置き返してお祈りを始めていく。

 滝から落ちる水音を聞きながら暫く祈りを捧げたあと、ゆっくりと立ち上がった。


「これで終わりで、あとは次の日を待つだけ。確かカヤさんは仙廟山に行くんだよね?」

「はい、そうです」

「だったら滝の裏手にある洞窟を抜けた先、山を越えれば人里があるから、まずはそこに行くのがいいかもね」

「ありがとうございます。それじゃあ行こっか」

「さようなら、気をつけてね」


 カヤとシュンは別れの挨拶を済ますと、それぞれ違う道を歩いていく。

 その時、お供え物の近くで小石が動きだす。

 なんと小石に化けていたカイナが悪戯な笑みを浮かべていた。


「にししっ、捧げる酒といったらつまりは神酒! こんなのを放っておくわけないって! なーに、ナメるだけの味見で済ませ──」


 酒杯に鼻を近づけた瞬間、カイナの動きがピタリと止まる。

 神酒と言われる高貴な代物。

 その芳香に混じる異様な気配にカイナの目は訝しむのだった。

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