🌸第7話「交差する気持ち ― 相手は誰を見ている?」*

 第二ラウンドが終わり、

 会場には再び休憩のアナウンスが響いた。


 相沢優人は、胸の奥のざわつきを抱えたまま

 紙コップの温かいお茶を両手で包んでいた。


 穂積とは「空気の奥に光がある」という

 あの不思議な言葉でつながった。


 春日とは、

 「孤独の肯定」という鋭い視点をぶつけられた。


 どちらも違う。

 でもどちらも、心が揺れる。


 ――俺、もしかして浮ついてる?


 自分に問いかけた瞬間、

 すぐ横にふわっと影が差した。


「……あ、相沢さん?」


 振り返ると、

 そこには穂積が立っていた。


 同じ会場内なのに、

 なぜか一瞬、空気が変わった気がした。


「さっきは、ありがとうございました。

 写真、もっと見てみたいなと思って……」


「こちらこそ。

 穂積さんにそう言ってもらえて、うれしいです」


 その返事に、穂積はほんのわずか、

 まぶしそうに目を伏せた。



---


■ ■ 穂積の“揺れ”は、すでに始まっていた


「あの写真……

 相沢さんのこと、少しだけ分かった気がしました」


「分かった、ですか?」


「はい。

 相沢さん、

 “誰かの邪魔にならない場所”で佇むのが好きなんですよね?」


 心臓がひとつ、大きく跳ねた。


「ど……どうして」


「光を撮る人って、

 自分がそこにいてもいいと思える場所を

 探してるのかな、って」


 穂積の声は決して強くない。

 なのに、その言葉は静かに深く刺さった。


 ――彼女、やっぱり鋭い。


 春日のような理屈ではない。

 もっと“共感”のほうに寄った鋭さだった。


「相沢さん、

 人の話をちゃんと聞く人ですよね」


「え?」


「だって……

 私の話、さっきずっとうなずいてくれて。」


 穂積の頬が、ほんのり赤い。


「ありがとうございます。

 なんか……救われた気持ちになります」


 その一言で、

 相沢の胸がぐらりと揺れた。



---


■ ■ その瞬間、スマホが震えた(真由から)


穂積が離れたタイミングで、

相沢のポケットが震えた。


> 真由:

 はい、心動きすぎです。落ち着いて。

 

 “恋活では、心の揺れは重複する”

 これが普通です。




> 真由:

 相手が二人以上いるのは

 “迷っている”のではなく、

 “あなたの心のレンズが開き始めている”証拠です。




 相沢は深呼吸をひとつ。


> 真由:

 次に穂積さんと話すときの課題:

 “相手の言葉をもらうだけでなく、

  あなたの言葉を返すこと”。

 受信だけじゃなくて、発信もです。




 さすが、真由。

 現場にいなくても、まるで見ていたかのような助言だった。



---


■ ■ しかし——春日もまた動いていた


 穂積が離れていくと、

 今度は後ろから声がかかった。


「相沢さん。

 後半、ちょっと様子違いましたね」


「え?」


 振り返ると、春日。

 腕を組んで、じっとこちらを見ていた。


「顔、赤かったですよ?

 誰のところにいました?」


 からかいではない。

 観察。

 まっすぐな観察だった。


「え、いや……別に……」


「ふーん」


 春日は少しだけ目を細める。

 その表情は、どこか

 “相沢の心の位置”を探っているようだった。


「相沢さん。

 いい人って、

 好きになられやすいんですよ」


「え?」


「優しすぎる人は、

 誰かの心にすぐ入っちゃうから」


 春日は一歩近づき、

 声を少し落として言った。


「だから……

 ちゃんと選ばないとダメですよ?」


 その言い方には、

 明らかに“好意の匂い”があった。



---


■ ■ 心は、確実に動き始めた


 穂積の柔らかい光。

 春日の鋭いまなざし。


 相沢は、胸の奥に

 複数の気持ちが並列で浮かぶのを感じていた。


> ——俺は誰を見ている?

——俺は誰に見られたい?




 その問いに答える前に、

 次のアナウンスが流れた。


「では後半、最終ラウンドの準備をお願いします」


 場内がざわつく。


 相沢はゆっくりと立ち上がった。


 心はまだ定まらない。

 でも、確かに“動いている”。



---


次回予告(第8話)


「最終ラウンド ― 心の名前がつく前に」


・穂積と春日、どちらにも“意味のある一言”が訪れる

・真由から“恋の診断チャート(暫定版)”が送られる

・相沢はついに――恋の入口を見る


恋はまだ名前にならない。

けれど、そこには確かに“温度”があった。

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