🌸第5話 「光の写真 ― 心が触れた瞬間」

 休憩スペースは、会場の端にあるガラス張りのラウンジだった。

 外の小さな庭木に冬の光が反射し、

 白い床に淡い影を落としている。


 相沢優人は、ベンチの端に腰を下ろし、スマホを開いた。

 手には、ほんの少しの緊張。


 隣に座る穂積は、胸の前で手をそっと重ねていた。

 緊張はあるのに、それを隠さず受け入れている感じの人だった。


「……写真、見せてもらってもいいですか?」


「もちろんです。えっと……この辺りが、最近撮ったものです」


 相沢はアルバムを開いて、数枚をスクロールする。

 光と影の境目、

 雨上がりの舗道、

 自転車の影だけが夕陽を浴びている瞬間――


 穂積は、一枚を指先でそっと止めた。


「これ……すごく、好きです」


「え?」


「なんか、“光の奥に空気がある”感じがして……」


 相沢は胸の奥が軽く震えた。

 それは、写真を褒められた嬉しさではなく、


> ——“感じてくれた”という喜びだった。





---


■ ■ 心理師・白石真由の“遠隔支援”


 そのとき、相沢のスマホが静かに振動した。


 通知を開くと、

 《ハート・ラボ・オンライン相談室》**からのメッセージが届いている。


> 真由:

休憩中は“無理に質問しない”でくださいね。

そのかわり、

 相手が触れた“一枚”を一緒に味わってください。

それが距離を縮める最短ルートです。




 相沢は少し笑った。

 ほんの五分の休憩でも、真由のアドバイスは的確だ。


「相沢さん、これは……どこで撮ったんですか?」


「ここです。近くの川沿いで……夕陽がきれいだったので」


「きれい、というか……

 “あの日の空気が残ってる”感じがしますね」


「空気……ですか?」


「はい。

 忘れたくない瞬間を、閉じ込めたみたいな」


 穂積の声は柔らかいが、言葉の奥に温度があった。


> ——あ、この人は

“言葉の奥”を見ようとするタイプなんだ。




 相沢の胸に、静かな感情の波が広がった。



---


■ ■ 二人だけの“フィルム”


  「もしよかったら……」

 穂積が少し勇気を振り絞ったように言う。


「この写真、もう少し拡大して見ていいですか?

 光の入り方がきれいだから……ちゃんと見たい」


「はい。もちろん」


 相沢は画面を指で広げる。

 夕陽が水面に反射し、

 街の輪郭がぼやけて、

 自転車の影だけが濃く写っている。


 穂積の指先が、画面の端にそっと触れた。

 その距離は、指一本分。


 間近で、ふたりの呼吸が重なる。


> ——あ。

 これ、恋の“入り口”だ。




 真由に教わった言葉が、自然に浮かんだ。


> 「風景じゃなくて、

 “記憶”に触れたとき、距離は半歩縮まるんです」




 穂積は、ゆっくり目を細めた。


「……相沢さん。

 写真って“気持ちを透明にする”んですね」


 彼女がそう呟いた瞬間、

 胸の奥が湧き立つように温かくなった。



---


■ ■ 小さな“共同作業”


「よかったら……」

 穂積が控えめに続けた。


「この写真、今日イベント終わったら一枚……ください。

 スマホの壁紙にしたいです」


「え……?」


「押しつけじゃないんです。

 なんか、

 今日の気持ちが、この写真に合いそうで」


 相沢は言葉を失った。

 けれど、すぐに微笑みがこぼれた。


「じゃあ……

 自分なりに編集して、少し明るめにしてみます」


「えっ、嬉しい……!

 じゃあ、待ってますね」


 それは、“写真を渡す”という行為以上だった。


> ——あなたの内側を、少し分けてほしい。




 そう言われているように感じた。



---


■ ■ 休憩終了


「休憩終わりまーす!

 後半戦、席を移動してくださーい!」


 スタッフの声が響き、

 穂積は立ち上がる。


「……後でまた会えますか?」


「はい。必ず」


 穂積は安心したように微笑み、

 別のテーブルへ歩いていった。


 残された相沢は、

 スマホの画面に残る写真を見つめたまま、

 胸の奥が静かに熱を帯びるのを感じていた。


> ——予定外の一枚で、

  心がこんなに動くとは思わなかった。





---


📘次回予告(第6話)


「第二ラウンド ― 相手は“あの人”だった」


・席替えで、想定外の相手が登場

・穂積の言葉が、相沢の会話スタイルを変える

・真由から届く、新しい“恋の観察ポイント”


イベントが後半戦に入る。

心が動き出した相沢に、また予定外の出会いが訪れる――。

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