第38話 女子トーク、という名の停戦会議
「何を密談している? ノーブラ程度たいした問題ではあるまい」
「「問題だよ!」」
ロザリーは首を傾げた。
そしてこの会話、俺は入っていいのだろうか。
◆
ランジェリーショップの前で待たされること二時間。
親睦を深めるという言葉の意味を俺が疑い始めた頃、ルクレを先頭にして四人は戻ってきた。
ロザリーは変わらぬ無表情で、鷹宮は悔しそうな赤面顔、そして歩花はやり切った充実顔、さらにルクレは悪い笑顔。
「あ、マスター、今夜から覚悟してね、勝負下着買ったから」
ニヤリと、濃密な淫猥顔を寄せてくる。
その声音があまりに蠱惑的で、つい、背筋が震えた。
「あ、そうだ。待っている間にこれ買っておいた」
俺は歩花に向き直ると、サイドポーチから縦長の紙袋を取り出した。
「新しいリボン」
「え?」
歩花の瞳孔が大きく開いた。
「前のはダメになっちまったからな。気に入るといいんだけど」
「あ、あの、ホノカのために?」
「おう。前のって俺らが小学生の時に縁日で買ったのだよな? 随分気に入っているみたいだからできるだけ似たようなの選んだつもりだけど」
小さな顔が、ふわっと赤く染まって、愛らしく笑いながらうつむいた。
「えへへ。つけていい?」
「いいぞ。そのために買ったんだし」
歩花はちょっと急ぎ目に紙袋を開くと、ケースから取り出したリボンで長い右側の髪をまとめた。
いつも通りの、見慣れたロングワンサイドアップヘアになると、やっぱり歩花らしい。
「どうかな?」
「うん、やっぱり歩花はワンサイドアップが似合うな」
「ありがとうね、蒼真♪」
歩花は、鈴を転がすように明るく笑った。
「俺こそ、ルクレのためにありがとうな。歩花がいてくれて助かったよ」
「大げさだよ」
歩花が謙遜すると、ルクレが俺の肩に顔を載せてきた。
それから素っ気ないながらも、
「まぁ勝負下着の存在を教えてくれたのはお礼を言うよ。ありがと」
あの、ルクレが他人にお礼を言った。
この一歩は偉大だぞ。
俺は頭の中で宇宙ロケットを打ち上げた。
「じゃあ今度は小物とか、雑貨見ようか? ルクレもロザリーも、しばらくここで暮らすんだから、色々揃えないと」
「む……」
ロザリーは言葉を返そうとして、口をつぐんだ。
否定の材料が見つからなかったらしい。
こうして、俺らは初めて五人で移動した。
◆
雑貨店の女性向けコーナーは、俺にはよくわからないものが色々並んでいた。
机の上に飾るための小さな人形とか、飾りとか、アロマを焚くための家電とか、まったく興味が無い。
だけど、小物類を飾った机の上でルクレが日記を書いている姿を想像すると、悪くないと思えるから不思議だ。
――ルクレが飯食っているだけの動画を再生しまくっている奴もこういう気持ちなのかね。
美人は得である。全てにおいて。
「ん?」
雑貨類を手に盛り上がる歩花、鷹宮、ルクレをよそに、ロザリーは視線が泳いでいた。
商品を探しているのとは違う、落ち着かない雰囲気だ。
「どうかしたのか?」
ロザリーの背筋が伸びた。
「い、いや、なんでもない……なんでも……」
背中を向けられてしまった。
いまひとつ腑に落ちないも、仕方ないと俺はルクレに似合いそうなものを探した。
――お、十字架のチョーカー……吸血鬼だけに逆に、ギャップで可愛くないかな?
「おい、これなんか――」
「マスター、アニメで見た女子たちがトイレで女子トークするやつしたい。トイレ行っていい?」
女子らしからぬ堂々としたトイレ宣言に、俺は言葉を呑み込んだ。
「お、おう、行ってこい」
「うん。じゃあみんな行くよ」
歩花と鷹宮は顔を見合わせて戸惑い、ロザリーは足早にルクレの背に続いた。
「…………あ」
一拍置いて、俺は色々と察した。
◆
トイレで用を足した四人は鏡を前に手を洗い始めた。
左端の鏡を使うルクレは、無関心に、
「それで女子トークって何するの?」
「は? アンタそれ知らないで来たわけ?」
鷹宮が呆れて頬を引きつらせた。
「うん」とルクレ。
大きなため息を吐いて、鷹宮は手を額に当てた。
「…………」
それから、酷くばつが悪そうに、けれど観念したように顔を上げる。
「ごめんね歩花……入学式の日、ボコっちゃって……」
「え、いやいや、気にしていないからいいよ。むしろあれのおかげで蒼真に強くしてもらえたしむしろホノカ的には棚ぼたというか……」
「アンタ、始めてアタシの前で自分のことホノカ呼びしたわね」
「え? あ~、そのぉ……」
歩花は羞恥心でうつむいた。
彼女の一人称がホノカなのは、幼稚園の頃の癖だ。
中学生から直したものの、家族や蒼真など、気を許した相手の前では、つい使ってしまう。
「アタシさ、親がAランクのトップ冒険者で、周囲から期待されちゃうし、他にも色々聞かされているのよ。メディアがあまり扱わないダンジョンとか、業界の汚い部分とか……」
歩花に続いて、鷹宮も顔を伏せた。ただし、表情は沈み、声も暗い。
「だから冒険者を趣味とかファッション感覚の人を見ると、つっかかっちゃうのよね。本当はわかっている。そんなの余計なお世話だし、ただの学生のくせに、プロ気取りで上から目線に。だから……」
「そんなことないよ!」
真剣な声に、鷹宮は顔を上げた。
歩花は真摯な表情で、鷹宮を見つめた。
「鷹宮さん言ったよね。ダンジョンで死ぬ人の数は年間8000人だって。それを聞いて、わたし、ちょっと恥ずかしくなったもん。今までそんなことも知らないで、ダンジョンで遊んでいたんだって。友達に誘われたからって軽い気持ちでこの学園に来たのは、間違いだったのかなって……そりゃ、真面目にやっている人からしたら、わたしみたいなのは目障りで当然だよ……だからね」
歩花は、鷹宮の手をそっと、包み込むように握った。
「お友達になれるかな? わたしね、蒼真に強くしてもらって、いま、本気でプロの冒険者目指しているんだ。だから、高宮さんみたいに慣れている人が一緒にいてくれると心強いの。ね?」
「歩花……アンタ……」
視線に迷ってから、鷹宮は躊躇うように歩花の眼差しと向き合った。
「ありがとう……」
罪から解放されたように、鷹宮は穏やかな声でお礼を口にした。
「……ならば、ワタシも謝罪しよう」
次は自分の番だとばかりに、ロザリーは咳ばらいをした。
苦い思い出を噛むように苦し気な表情で、彼女は鏡を見つめる。
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