第9話 え、なんかごめん……俺まずいこと言った?


「かかったな! 吸血女帝様!」

「なん、で……」


 スタンエッジのビームサーベルに心臓を貫かれながら、ルクレツィアはあごとふるわせ、金色の瞳に俺を映した。


「これが聖剣ルクステルナ最後の機能、グリップモードだ」


 瞠目する瞳と視線を合わせながら、俺は警戒心を途切れさせることなくニヒルに種明かしをした。


「物理攻撃力はゼロだけど、相手を無力化させるにはちょうどいい平和の剣。もっとも、こうやって騙し討ちにも使えるんだけどな」


 聖剣を汚すような使い方に、だけど悔いはない。


「ッッ……キミは、ボクに噛まれて眷属になったはずだろ……」

「ああ。なったよ。五秒間だけな」


 それだけで全てを察したらしい。

 ルクレツィアは床に転がる剣身へ視線を落とした。

 悔しさも憎らしさも無い。諦観の声が漏れ出る。


「つくづく、途方もない剣だよ。流石はボクを殺すための剣だ……それさえなければ……」


 首を横に振る。


「墓穴を掘ったのはお前だぜ。心臓が動く限り無限に再生する。じゃあ、心臓を完全にマヒさせちまえば、お前はただの人だ」


 麻痺が脳みそまで回ってきたのだろう。

 ルクレツィアの膝が下がり、まぶたが徐々に落ちてくる。


「あー……調子に乗って喋りすぎたよ……誰かと話すなんて……初めてだったから……」


 遺言のように告げてから、ルクレツィアは身体はこと切れた。


   ◆


 ボクという意識が生まれた時、ボクは多くを知っていた。


 ダンジョンのこと、自分の力、使命……そして決して訪れることのない外の世界。

 ここから出られないのに、なんで外の知識なんてあるんだろう。

 知識だけで、決して本物には手が届かないのに。


 いくら考えても答えは出なかった。

 誰もいない寝室の天蓋付きベッドで眠りながら来訪者を待った。


 待った。

 待った。待った。

 待った。待った。待った。


 何年待っただろう。

 ある日、ボクのいる最上階に気配を感じた。


 下着の上からゴシックドレスを着て、レーヴァテインを手に大聖堂へ向かった。

 コウモリのレリーフが刻まれた扉を左右に押し開けて、数人の女たちが入ってきた。


 初めて見る人間。

 あれを排除すればいい。それがボクの存在意義だ。


 初めての使命にドキドキしたのを覚えている。

 自分の存在理由を体感できる日をどれだけ待ち望んだか。

 目の見えず戸惑う人間たちはレーヴァテインの一振りで動かなくなった。


 つまらない。


 それがボクの感想だった。

 何の感慨も達成感も無く、ボクはドレスを脱いで寝室に戻った。

 それからも何度か人間たちが訪れては始末した。

 一度、この部屋の強制暗闇の結界を解こうと思ったこともある。


 やめた。

 それは、してはいけない。


 戦い負けるのはいい。だけど、わざと不利を作るのは、してはいけないような気がした。


 ひたすら眠り、弱者を一方的に葬るだけの日々。

 いつか、この役目が終わるのか……その日までボクはここで眠り続ける。

 終わりが迎えに来てくれるまで永遠に、いつまでも、いつまでも……。

 だから嬉しかった。

 初めて剣を交えた。言葉を交わした。目を目を見て殺し合った。

 そして、ボクの永遠を終わらせてくれた。

 そういえば聞いていなかったな。ねぇ……キミの名は?


   ◆


「ッ………………………………………………?」

「起きたか?」


 悪魔像の台座を背もたれにしていた俺は、床からを腰を上げた。


 仰向けに寝かせておいたルクレツィアが上半身を起こす。

可愛らしいアヒル座りの姿勢を取ったまま、面白い顔でまばたきを繰り返している。


 自分の身体を見下ろして、周囲を見回してから、俺を見る。これを何順かして、俺に視線を合わせてきた。


「どうしてボクは生きているんだい?」


 俺はあごに手を添えた。


「難題だな。人は何故生きるのか……」

「いや、そうじゃなくて」


 金色の目が、まぶたで半分になる。


「どうしてトドメを刺さなかったんだい? ルクステルナなら簡単だろ?」

「え? なんでお前を殺すの?」

「……………………え」

「え……………………」


 ルクレツィアは右手でゴシックドレスのスカートを押さえながら、左手の指を唇の下に当てて考え込んだ。


 たっぷり五秒、沈思黙考の末に、パッと顔を上げた。


「キミら冒険者は、ボクを殺して経験値やドロップアイテムが欲しいんじゃないのかい?」

「俺は冒険者じゃなくて迷子だし、欲しいのは帰り道なんだが?」


「        」


 なんだろう。ルクレツィアの背後に宇宙が見える。

 それから、彼女は頭痛を押さえるように、指の第二関節を眉間に当てた。


「あー、ボスを倒せば一階への直通転移陣が出るのを知らないってことかな?」

「知ってるけどそのために人殺しとかないだろ。サイコパスじゃねえんだから」


 一瞬、金色の瞳孔が開いた。黒目を大きくしながら、彼女は視線を迷わせた。


「ボク、吸血鬼なんだけど?」

「人種差別は時代遅れだし普通に会話できる相手を殺す奴がいたらドン引きなんだが? それより勝ったんだから帰り道教えてくれよ」


 彼女の視線はあさってのほうを望んだ。


「あの扉から勝手に帰ればいいじゃないか?」

「もう試したっての」


 語気を強めた。


「でも100階の敵ってみんなバカつよいし罠とかあるし毒とか特殊攻撃してくる奴もいるし、一階ずつ下り階段や転移陣探すとかキツすぎんだろ?」


 渋い顔をしながら、まくしたてる。


「運よく他の冒険者に会えるかもわかんないし。だったらここにこうして言葉が通じる奴がいるんだ。ダンジョンボスなら裏口とか知っているんじゃないのか? 教えてくれたらレーヴァテイン返すからさ」


 媚びるような態度で締めてみる。いや、脅しかな?


「……」


 愛剣を探すように視線を床に這わせてから、ルクレツィアは黙りこくってしまった。


 ダメか。

 他に交渉材料はないかと頭をひねって、俺は手を打った。


「お前さ、ずっとここにいるのか?」

「え? ああそうだね。ボクは生まれた時からこのダンジョンを出たことはないよ」

「じゃあ俺を出してくれたら外でカラオケとファミレスぐらい奢るからさ。頼むよ」


 両手を合わせて頼み込むと、ルクレツィアは声を戸惑らせた。




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