第5話 リアル脱出ゲーム。攻略サイト禁止です。

 頭が追い付かない……。

 タランチュラが逃げてから15分。

 俺は台座の下で座り込んだまま動けなかった。


 フルマラソンより疲れているのもだが、この手に握っているものがあり得ない。


 聖剣ルクステルナ。


 なんで男の俺が聖剣を抜いているんだ?

 冒険者には女子しかなれないはずだろ?


「……とりあえあず、ステータスを見てみよう」


 ウィンドウの使い方なんて知らない。

 けれど、ゲーム画面やスマホの経験からおおよその見当はつく。

 画面をタップして、装備品の情報を確認してみる。


 ――冒険者も普段からこんな感じなのかね。


【スタンエッジ:切った対象の動きを麻痺させる】

【シープエッジ:切った対象を眠らせる】


「え? デバフ? これ聖剣じゃないのか? いや、逆に不殺の平和剣?」


 なんだかイメージと違って戸惑った。

 これ、本当に聖剣か?


【治癒スキル:消費魔力に応じて生物のいかなる傷、欠損も再生できる】


「お、これはいかにも聖剣て感じ……か?」


 俺としてはアンデッドを切り裂く浄化の光とかをイメージするのだが。

 聖なる剣というより、癒しの剣では?

 安直に、白い法衣姿の美少女がふりかざす姿を想像した。

 男としてや、優しい白衣の天使に看病されたいものだ。


「痛ッ……」


 しびれるような背中の痛みに、恐怖感が背骨を駆け上がってきた。

 水も無いのに熱く濡れた感触。


 十中八九ケガをしている。その深度を見るのが怖くて、俺は振り返ることも背中に手を回すこともしなかった。


「このまま回復させよう。いや、でも俺魔力なんて……」


【魔力貯蔵スキル:余剰魔力をルクステルナに貯められる。初期値】


「!?」


 目を剥いて絶句した。


「冒険者10億人ぶんはあるぞ!? ケタ間違っているだろ!?」


 思わずツッコんでしまった。

 命の危機でアドレナリンでも出ているのか、さっきから変なテンションになっている。


 とはいえ、これで魔力の心配はしなくて良さそうだ。

 俺は手足を動かそうとするように、治癒スキルを動かそうとした。


 すると、ルクルテルナから淡い燐光が沸き上がった。


 それから、背中がなんだかふわふわと温かくなる。

 しびれるような痛みが消えていく。

 シャツを脱いで、背中に手を伸ばすと、傷跡一つなかった。


「へぇ、マジですごいなこれ……あとは……」


【剣天スキルF:経験に関係なく剣術三段程度の剣技を発揮できる】

【身体強化:消費魔力に応じて、最大相手の少し上の身体能力まで自身を強化できる。相手がいない場合は10倍まで】


「つまり、常に相手よりちょっと強い状態で戦えるんだな」


 安堵を通り越して、楽天的な気持ちになる。


 さすがは聖剣。

 チート能力のオンパレードだ。


 魔力は十分。

 身体強化と治癒スキルがあれば、楽に一階層へ帰れるだろう。


 最後にもう2つの機能を確認してから、俺は立ち上がった。

 脱いだシャツに腕を通してから、ふと振り返った。

 聖剣を失った台座と、その背後の壁面に描かれた女神のレリーフ。


「仕事しろなんて言ってごめんな神様。あとありがとうな」


 俺は敬意をこめて、スマホで写真を一枚。

 それを壁紙に設定してから、ズボンのポケットに突っ込んだ。

 右手にはルクステルナを握り、軽い足取りでその場から離れた。


   ◆


 とりあえず来た道を引き返す。

 あの谷間は、身体能力を三倍にすれば助走無しで飛び越えられた。


「お、余裕だな。超人になったみたいでちょっと楽しい。なんてのは不謹慎だよな」


 剣を構えて、周囲を警戒する。


 こうして調子に乗っているとサックリ行かれるのがホラー作品のあるあるだ。

 聖剣がどれだけ強かろうが、俺自身はレベル1なのだ。

 不意打ちされたらおしまいだ。


 そして、嫌な予感は的中した。


 ひたり


 幽霊のような足音に振り返った。

 床の途切れた谷底から、靴と一緒に落ちたはずの巨大タランチュラが二体、這い出てくるところだった。


「■■■■■■」

「お前ら、しつこすぎ……」


 ちょうどいい。

 俺は剣道部の真似をして聖剣を正眼に構えると、タランチュラを迎え撃った。


「スタンエッジ!」


 ただまっすぐ、素人切りのつもりで振り下ろした。

 だけどこれが剣天スキルなのか、俺の身体は信じられないくらいなめらかに動いた。

 空色の軌跡が閃き、風を切る音が鼓膜に刺さった。


「■■ッ!?」


 二匹のタランチュラは緊急回避行動で下がった。

 だけど、一匹は前脚を切断されている。


 一拍遅れて、脚の片割れが床を転がり、不気味に痙攣している。

 おまけに、本体も動きが鈍い。残り七本の足が痙攣している。

 それで不利を悟ったのか、無事なタランチュラが谷底へ逃げていく。

 体がしびれている様子のほうも、ゆっくりと谷底へ消えた。


「よし」


 スキルの使用に問題は無い。

 これで証明された。

 俺の力は、この階層のモンスターに通用する。


 そして、ダンジョンは下の階層ほど敵が弱くなる。

 下るのが目的なら、脱出は楽になる一方だ。


「不安があるとすれば、トラップだな」


 動画や漫画を見る限り、ダンジョンにはトラップもあるらしい。

 部屋に閉じ込められたら、ソロの俺は一貫の終わりだ。

 怪しいものには近づかない。

 それを肝に銘じながら、先へ進んだ。


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