女しか冒険者適性のない世界で聖剣を抜いた俺はどうすりゃいいんだよ!?
鏡銀鉢
第1話 いきなりテンプレ・ブレイカー。空気読め
「新入生代表。世界唯一の男性冒険者、天原蒼真(あまはら・そうま)君の挨拶です。皆さま、拍手でお迎えください」
万雷の拍手に迎えられながら、俺は壇上への階段を踏みしめた。
拍手の中には黄色い声も混じっていて、まるで芸能人扱いだ。
目立ちたがり屋の陽キャならともかく、三か月前まではただの中学生だったので、気後れしかしない。自分の部屋が恋しくなるね。
ステージへ上がり、講堂を見渡す。
会場を埋め尽くす数千人の生徒は、女子しかいない……当然か。
まるで女子高に迷い込んだ気分だぜ。
肩をすくめたい気分を押さえ、マイクに近づいた。
「皆さん始めまして。紹介に預かりました、天原蒼真です」
俺が話し始めると、みんな息を飲み、静まり返る。
おかげで会場全体に自分の声が響き渡り、変な気持ちになった。
できるだけ平坦な声で、会場の奥へ向かって語りかけた。
「世界中にダンジョンと呼ばれる巨大構造物が現れて七年間。世界は大きく変わりました。ダンジョンの中で採取できる新素材は、どれもが現代科学の限界を超えるものでした。おかげで、多くの業界が飛躍したと言われています」
数千人分の視線を浴びると、まるで動物園のパンダにでもなった気分だ。
二階のロフトエリアからは、テレビ局のゴツいカメラが狙撃手のように俺を狙っていて落ち着かない。
ここでセリフをトチれば、その映像はあらゆる面白動画のフリー素材となり、デジタルタトゥーを刻むこととなるだろう。
まったく、世知辛いよな。
「まさにかつてのゴールドラッシュならぬダンジョンラッシュ。アメリカ中の人が金鉱山に殺到したように、世界中の人が自国のダンジョンに殺到していますね。素材を採取する人たちは、こんにちでは冒険者と呼ばれています」
必死に暗記したセリフも、いよいよ終盤。
調整が利くよう、声のトーンを少し落とした。
「でも、ダンジョンは奇妙な性質を持っていましたよね……素材を採取するのに必要な魔法戦闘力を手に入れられるのは、何故か女子だけでした。なので冒険者は女性だけ。これが世界の常識です。だから今でも信じられませんよ」
打ち合わせ通り、左腰に挿している鞘に手をかけた。
「まさか」
鞘から一息に宝剣を頭上へ引き抜いた。
「世界中の冒険者が抜けなかったルクステルナを、俺が引き抜くだなんて」
紺碧の鞘から躍り出る水色の刃から蒼い燐光が湧きたった。
その輝きに、会場のボルテージも一瞬で沸き立つ。
学園中の女子たちが黄色い悲鳴を上げて、席から飛び跳ねる生徒も少なくない。
俺の入学が決まってから、世界中から入学希望者が殺到したせいか外国語も混じっている。何を言っているかさっぱりだ。
ちなみに、何故かアイドル級の美少女しかいない。
ネットでは入学を辞退した生徒が妙に羽振りが良くなった話を訊くがデマだと信じたい。
歓声は俺が壇上から下りても収まらず、俺は舞台袖に身を隠すことになった。
何故自分の入学式でこんな裏方のような扱いなのか、甚だ疑問である。
嘘である。知っている。
そんなもの、俺がこの聖剣ルクステルナに選ばれた勇者だと報道されたからに他ならない。
お前、なんで俺なんかに抜かれたんだよ。
「ま、運命だと思って諦めるんだね」
明るく艶っぽい声音に振り返る。
影も形も無い暗闇には、だけど彼女のぬくもりだけが残像のように感じられた。
◆
入学式が終わってから30分後。
生徒たちがそれぞれの教室に帰ってから、ようやく俺は先生たちから解放された。
混乱を避けるためらしいけど、パンダというか山から下りて来たクマのような扱いだ。猟友会の皆様は銃口を下ろしてください。
もっとも、現代ではクマの駆除も女子の仕事だけどな。
冒険者たちがバトル漫画のキャラみたいな戦闘力を持つ現代では、山のクマさんも女子のワンパンでお寺行きだ。なむなむ。
そうして誰もいない廊下をテクテク歩いて一年二組の教室を訪れた。
引き戸に手をかけて横にスライド。
同時に、数十人の顔がぐるりと回った。字面だけ見たらホラーかよ。
もちろんホラー展開が現実にあるわけはなく、たんに女子たちが俺に注目しているだけだ。
けれどおかしい。
さっきまではあんなに騒いでいたのに、妙に大人しいじゃないか。
いや、なんだかみんなそわそわとして落ち着きは無い。
まるで、エサを前に待てと指示された大型犬の風情である。
首を傾げながら、自分の席へ。
俺の大好きな最前列の最中央。
一番黒板が見やすくて先生の話も聞こえやすい、最高率席だ。
小中9年間俺はこの席で、クラスメイトたちから感謝され続けた。
「さて、と」
気持ち悪いくらい静まり返った教室で席に着いた俺は、教卓に手を伸ばした。
先生の座席表を勝手に眺めながら、知り合いがいないか探す。
やっぱこの席は便利でいいなぁ。お、あいついるじゃん。
「ちょっとアンタ」
静寂が破られたのは、俺が旧友の名を見つけた時だった。
ぶしつけな声を見上げると、居丈高な美人が立っていた。
手足はスラリと長く、背は小柄な男子くらいある。
腰まで伸びた黒髪と形の整った眉が印象的な凛々しい女子だった。
「た、鷹宮さん、天原君に話しかけちゃだめだと先生が……」
後ろの席から、眼鏡をかけた、たぬき顔の女子が小声で叫んでいる。可愛い。俺の好みの顔だ。
「はんっ、そんなの知らないわよ」
鼻を鳴らして、鷹宮は俺を睨み下ろしてきた。
「アタシは鷹宮華音(たかみや・かのん)。この青葉谷(あおばや)学園の首席入学者よ!」
胸の下で腕を組み、誇らしげに背を逸らした。
「へぇ、お前強いんだ」
「そうよ、学年最強なの!」
芝居がかった口調で繰り返してから、組んでいた腕を解いて髪をかきあげた。
その姿はなんというか、ステレオタイプの今どき女子をさらに誇張した漫画のキャラみたいだった。
レアメタルやレアアースをしのぐダンジョン素材は、今や社会を支える最重要資源だ。
それを採取してくれる女子は国家運営の根幹である。
必然、法の下の男女平等は形骸化。女イコール偉いの風潮が強い。やれやれ、前時代的で困ったもんだね。
その最先鋒みたいな鷹宮の眉間が、ぎゅっと歪んだ。
「だ、の、に」
両手を左右の腰に当てて、前のめり。
「なんでアタシじゃなくてアンタが新入生代表挨拶してんのよ!?」
怒髪天を衝く勢いの怒鳴り声は、腹にまで響いてきた。
前世はライオンか?
「青葉谷学園は代々主席入学生徒が新入生挨拶を務めるのが伝統でしょ!」
開校7年で伝統ができるとは。
時代のスピード化はここまで来たかと感心する。
「なのになんで男ってだけの無能が代表なのよ!?」
「だよな。やっぱりお前もそう思うか?」
「え?」
俺が立ち上がると、鷹宮は虚を突かれたように色を失い、まばたきをした。
「だって昭和じゃあるまいし男女平等人種平等が文明人の常識だろ? 男っていう理由だけで入試免除で代表挨拶ってどう考えてもおかしいよな? お前もそうだろ?」
俺が滔々と語ると、鷹宮は硬い笑みを浮かべた。
「そ、そうよ。わかっているじゃない……ほんと、教務課には困ったものよね。今からでも入学式をやり直して欲しいくらいだわ」
俺はスマホで教務課の番号をタップした。
「あ、すいません、天原です。はい、はい、実は主席入学生徒の鷹宮さんから抗議の話がありまして」
「え? え? ちょ、アンタ何して……」
「はいそうなんですよ。なんで自分が新入生代表挨拶じゃないのかって。今本人に代わりますね」
「ちょっと待てやゴルァ!」
鷹宮はTレックスが獲物を捕食するような勢いでスマホをひったくると、終話ボタンを殴りつけた。
「何を遠慮しているんだよ鷹宮。こういうことはガツンと言わないと駄目じゃないか。悪しき風習を断ち切るためにもここはお前が先端を切り開くんだ!」
「アンタあたしに恨みでもあるの!?」
肩で息をしながら、鷹宮は吠えた。長い黒髪が振動している。
「恨みも何も初対面だろ? それとも保育園の頃に結婚の約束をして転校した美少女ってお前か?」
「違うわよ!」
「だよな、俺、保育園行ったことないし」
「ざけんじゃないわよ! こうなったら決闘よ! 勇者だか聖剣使いだか知らないけど、どっちが上か解らせてあげる!」
教室がざわついた。
「すごい、聖剣使いVS主席とかビッグカードじゃん!」
「いきなり頂上決戦!?」
「天原くんの戦い見られるの?」
何人かの生徒がスマホを取り出してから机に下ろした。
俺の撮影録音は禁止されているらしいからな。
クラス中の注目が集まり、一部の生徒が廊下に飛び出す中、俺は、
「いや、しないけど」
半眼で断った。
流れる無音。
教室に、タンブルウィードが転がった気がした。西部劇みたいだな。
「いやなんでよ!? あんた冒険者でしょ!? 戦いなさいよ!」
鷹宮は両手を前に俺の席について食い入るように迫って来る。
面倒すぎて半眼を通り過ぎて目を閉じたい。
「お前を倒しても素材手に入らないだろ?」
「そうじゃなくて、どっちが上かはっきりさせるためよ!」
「それは鷹宮だろ? 主席なんだし。戦うまでもないじゃん」
「それをみんなの前で証明するのよ!」
「俺にメリットないじゃん」
「それは! それ、は……ほら……その……」
「だいたいなんで上とか下とかこだわるんだよ。みんな違ってみんないい。短距離走じゃあるまいし得手不得手や相性もあるし、ランキングなんて意味ないだろ? じゃあ俺、ソシャゲのログボ貰うのに忙しいからスマホ返して」
高宮の手からスマホを取り上げると、お気に入りソシャゲを順にログインし始めた。
「ッッッ~~~~!!」
頭上から筆舌尽くし難い空気を感じた直後、また教室のドアが開いた。
「よし、全員席に着け。ん? おい鷹宮! 天原に話かけるのは控えろと言っただろう!」
「ッ、は、はい……」
ありがとう先生。愛しているぜ。
その先生は、俺らに冒険者としての心構え、なりたい将来像、ありがちな決まり文句をご高説している。
だけど、俺は冒険者になりたいわけではない。
政府からの要請で、半ば無理矢理入学させられただけだ。
元から将来の夢があったわけではないので、まぁ長い物には巻かれておこうかと入学したものの……だ。
――そういやあいつ、いまどこにいるんだろ?
青い空に視線を放ると、窓際の席に座る女子が赤面した。
何か勘違いされている気がする。
全ての元凶は……三か月前の今頃だったか。
――愛しているよ…………蒼真。
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