<03:圭>

※AI による概要:圭は、古代中国で天子(皇帝)が諸侯に下賜した

 上部が尖った方形の玉(宝石のヒスイ)を指す


飛騨市神岡町の山の地下1000m。

闇に沈み込んだ直径約39m 高さ41mの巨大な水タンク、

静寂は深海のように重く沈む。


スーパーカミオカンデ――

光よりも速く届く粒子を待ち構える、地底の瞳。

そこは、神をも欺く監獄のようであり、

未来を孕む母胎のようでもあった。


見渡す限り、円形の壁に張り付いた無数の眼――

全方向に設置された約1万3千個の光電子増倍管センサーが、

産み付けられた昆虫の卵のように壁一面を覆い尽くす。


床も、天井も、全方位にその眼が埋め尽くされ、

ひとつの巨大な胎動を待っている。


水は微動だにせず、

無限の深淵を抱えたまま、

そこに息を潜める。


それは観測のための施設でありながら、同時に、

忘却と記憶の狭間を揺蕩う者たちの棺でもあった。



「今日の仕事は、特別料金もらいますよ!」

手を合わせて頼む研究員にボヤきながら、

僕は完全に密封された

巨大な水タンクのメンテナンス用ハッチを開け、

不純物を一切含まないその水に飛び込んだ。


研究員から通信が入った。

「圭、聴こえるか?」

全身を覆ったウェットスーツ

腕につけた端末のキーを叩いて応答する。


「K…YA」

「全てのセンサーの電源は落としてある。

 ヘルメット上部のライトをつけても大丈夫だ。」

「K……YA」(水中打鍵音:トクッ……トットク……)


巨大な漆黒の闇の中、

マシンさながらゆっくりと潜航していく。

圭のしなやかな身体が、綺麗な弧を描き、

うっすらとオレンジ色に拡散する灯りに

照らし出される。


「一番下まで潜ってくれ。」

「K……YA」(トクッ……トッドク……)


オレンジの光が沈み込んだ青に溶けて、

センサーの眼がズラリと並ぶ壁面を

僅かに照し出した。


「今見ている一番下_その列、もっと右の方だ。

 センサーのガラス面に異常はないか

 一個一個確認してくれ。」


圭が心の中でつぶやく。

「えっ?一個一個…。

 この列だけで何個のセンサーがあると思ってるんだ。

 これは追加料金倍増しだな。」

「K…YA」「K…YA」(ドクッ……ドッドク……ドクッ……ドッドク……)


「圭、その辺りだ。何か変化はないか?じっくり調べてみてくれ。」


「(圭の心の声)と言っても綺麗で透明な眼が並んでいるだけ?

だけど…?おおっ?

このセンサーは?…ガラスの中に文字が見えるぞ。

漢字だな?これなんて読むのかな?」

端末にぶら下げたお守りのヒスイを指で触りながら、

思わず圭がつぶやく。

「……ヨ……カ……ミ……?」

「……ヤ……カ……ミ……!?」

「……ヤ……ガ……ミ……  ……ア……イ……!!」


「(圭の心の声)ちょっと気になるから、

 端末のカメラで証拠を残して…。

 ヘルメット上部のライトを消してフラッシュON、

 手で覆って光を極端に弱くして…

 はい。SHOOT!…夜神 愛!」


 指の隙間から漏れたフラッシュの光が、

 お守りのヒスイに反射、緑色に輝いた。


「圭、何した?おいおい…おっかしいなぁ?

 …一個のセンサーが反応したぞ?」


(AIボイスアラートが起動)

「――超新星ニュートリノ検出。

 位置、該当タンク8G3ブロックA1……

 反応値オーバーラン。」


「あっぶねえ!

 危うく全世界の研究所に発信されるところだったぜ。

 圭よ、

 何があった?……

 いやあ、ネットワークを落としといて良かった良かった……

 フゥーッ…。」

「K…YA」「RET(リターン)」

(ドクッ……ドッドク……)(ドクッドッドク……)

「了解!

 とりあえず帰ってこい!

 反応のあった該当タンク

 8G3ブロックA1も

 沈静化したみたいだし、

 圭、

 上がるまで何にもするなよ!」

 

「K…YA」(ドクッドッドク……)

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