第43話 輪廻
「月が・・・。」
僕は血のように真っ赤に染まった空、そして割れていたはずの月が一つになっていることにただただ唖然とする。
「呆けてるんじゃねえ!来るぞ!」
先生からの怒号が飛び、ハッ!とし、構えた瞬間にはもう最初の一撃目が飛んできていた。
ズドドドド!!!
何かはわからなかったがその一閃は大きく大地を抉っていた。
そしてその一撃により先生の左腕が吹き飛んで宙を待っているのをみる。
更にあの『死の匂い』が漂いだしていた。
「先生!!」
砂埃が大きく吹きすさぶ中で僕は絶叫のような声で先生を呼ぶ。
「構うな!!こっちは大丈夫だ!!」
片腕が吹き飛んでいる状態で大丈夫なはずはない。
その時、男とも女とも言えぬ不思議な声とともにその声の主が姿を表す。
「ほう、この一撃を躱したか。まずは俺と其奴の邪魔をするものを最初に屠っておきたかったが。」
それは
「悪いな、こいつの師として簡単に死ぬわけには行かねえんだ。俺に付き合ってもらうぞ、『魔人』。」
先生はその突如現れ、攻撃したものを『魔人』と呼んだ。
こいつが、いくつもの時代の変革時には現れ、大きな爪痕を残し人類達と戦争を繰り返しているという『魔人』なのか・・・!
「ほう、俺の正体に気が付くか。流石だな。それに吹き飛ばしたはずの腕から出血していないな?自分の魔法で焼いたか?」
魔人と呼ばれた者の言葉の通り、先生は滝のような冷や汗をかき、息が荒くなっているが出血していない。
どうやら自身の火属性魔法で一気に切断された箇所を焼いて塞いだらしい。
「先生!僕も加勢します!!」
そう言い、片手にハンドブレイカーを構え先生に近づこうとすると、「来るな!」と静止させられる。
「フフ、お前一人で俺の相手をしようとでも?」
「悪いがその通りだ。俺の足掻きに付き合ってもらう。」
先生はそう言うとまずいつも首から下げている冒険者だった頃の首飾りにマナを込める。
それはただの首飾りでは無く、魔道具だったようで込められたマナに反応し、一筋の大きな強い光が立ち上る。
更に先生は止まること無く呪文を唱え、魔法を使う。
【
そう先生が唱えると全身に赤いマナ、火属性のマナを大きく鎧のように纏う。
だがそのマナから発せられる熱量が凄まじいためか、先生の身体から灰が立ち上っているように見える。
追い打ちをかけるように『死の匂い』が先生の方向から強く臭いだしたことに僕は焦りを隠せない。
「いくぞ。」
そう言うと先生は目の端でようやく追い切れたようなとてつもない速度で魔人に接近しブロードソードで斬りかかる。
その一撃は間違いなく僕が見てきたどんな一撃よりも早く鋭く、そしてとんでもない熱量を感じるほどのものだった。
だが、その攻撃は届かない。
「ほう、自身の身体を犠牲にするほどの熱量エネルギーを全身に纏った『エンチャント魔法』か。素晴らしい、が俺には残念ながら届かなかったな。」
とてつもない衝突なのにも関わらず何故か魔人から発せられる声ははっきり聞こえる。
その瞬間魔人より放たれる『闇のマナ』を纏った右の拳。
更に一段と強くなる『死の匂い』。
その攻撃に先生は反応し、マナを纏わせたブロードソードで防御を試みるもその一撃でブロードソードは粉々に砕け散り、先生の胸を貫通した。
「がふっ!」
「先生ーーーー!!!」
だが、先生はこの瞬間を狙ってたかのように手で僕を静止させ、さらにその手で魔人をしっかりと掴むと更に魔法を唱える。
【
とんでもない量の火属性のマナが放出されると同時に収縮し、一つの炎柱が立つ。
その一撃は攻撃の規模や攻撃範囲から先生の切り札だったのだと思われた。
だが、やはり魔人は何事もなかったかのようにその場に存在し続け、拍手をしながらこう言い放つ。
「素晴らしい一撃だった。まさに最後の切り札だったな。だが残念だったな。」
先生がずるりと魔人から滑り落ちるようにその場に崩れる。
その姿に我も忘れて先生に近づく。
「先生!!」
魔人は何故かその光景を黙ってみている。
「先生!!聞こえますか!!先生!!」
そう言いながら先生を抱き上げるも自身の熱量で身体が灰になり、ボロっと崩れ落ちているような状態だった。
それだけの魔法、それだけの熱量を持ってしても魔人に傷一つ追わせることが出来ていなかった。
「ば・・かやろう・・・、何故に・・・げなかった・・・。ガフッ!」
更に先生の身体が崩れていくと共に先生からは思わず鼻を覆いたくなるほどの『死の匂い』が充満している。
「先生を置いて逃げれるわけ無いじゃないですか!!だって僕は、アッシェ先生の弟子なんですから!!」
それを退屈そうに見ていた魔人がこう切り出す。
「ああ、素晴らしい師弟愛だな。だが・・・退屈だ。」
一歩一歩と近づいてくる魔人に身体が硬直し動くことが出来ない。
「所で、どうしてお前は『3つ』に分かれているんだ?」
「は?」
魔人が何を言っているのかわからない。
「折角俺を殺してくれる存在だと思ったのに・・・。そんな姿では俺を『殺しきる』ことが出来ないじゃないか!!」
『殺しきる』だって・・・?
突如自分の身体より発せられるとてつもなく強い『死の匂い』。
「あっ」
そう口から出た瞬間だった。
僕を庇おうとしたレビンから血が吹き出し、そして僕もまたその一撃右目付近から左下腹部まで近くを袈裟懸けに斬られ血の海に倒れる。
反動で誕生節祝で貰った懐中時計が宙に飛び血溜まりに落ちる。
「まただ、また探し直しだ。」
魔人はそんな悪態をついている。
血溜まりに倒れながら状況を把握しようとするも傷みを通り越して何も感じず指一本動かす事ができない。
斬られた僕とレビンから致死量の血が床に広がり混じり合い、懐中時計が血に塗れる。
次第に大量の血溜まりは先生の元へと流れ着き、先生が流した血とも混じり合う。
ああ、これが死ぬってことなのか。
そう思った瞬間、僕は再び白い部屋に立っていた。
「・・・え?」
そこには先生とレビンも居た。
「ここは、どこだ・・・?」
先生も気がついたようであるが動揺している。
「先生!」
先生にこの場出会えたことが嬉しく思わず抱きしめたかったが、その場から動くことが出来ない。
「ニクス、レビン!それにあいつは・・・?」
先生の声につられ、その方向を見ると以前見たベッドの上に片膝を立て座っている人間が一人いる。
その人物は光で包まれており、男なのか女なのか良く分からない。
よく見るとその人物は誕生節でもらった僕達の血で染まった懐中時計を眺めている。
そしてその人物は口を開く。
「やあ。」
やはりその声からは男か女かを判断することが出来ない中性的な声がしている。
「そちらの方々ははじめましてだね。そしてニクス。久しぶりだね。」
「貴方は?」
僕はこの人を知っていた。そう全てはこの人から始まった。そう思っていた。
「そう、君の思う通り、僕の死から君たちのすべてが始まったんだ。」
考えていることがどうやらわかるらしい。
「考えなんてわかるさ。なんせニクスとレビンは元はといえば僕なんだから。」
「え?」
「なんだって!?」
僕と先生が思いもよらぬ言葉に驚く。
「ふふ、それは驚いちゃうよね。僕自身驚いているんだ。」
「僕は君たちが生まれる遥か過去の時代に死んだ。つまり君たちは僕からすれば未来の人物なんだよ。」
何を言ってるんだ?
過去?
未来?
僕は僕じゃなかったのか?
「混乱するよね。まあ正直僕自身こんな話は生きてる時は思いもしなかった。僕がこの部屋で死んだのはニクス、君はここで見ていたね?」
唐突に言われ僕は頷く。
「僕の死因はね。マナが体に馴染むことが出来ず、マナによって溺れて死んだのさ。」
「マナに溺れただと?」
先生が疑問に思い、聞き返す。
「ああ、君たちが生きている時代よりはるか昔、僕達が生きていた時代ではマナは未知のエネルギーでしかも、マナを貯蔵しておける臓器なんて存在してなかったんだ。」
「な・・・」
「時代が進むに連れ、マナという新たなエネルギーが発見され、そしてこの星、『地球』に生きる生命達はそれに順応すべくマナを貯蔵できる『魔臓』と呼ばれるものを進化の過程で入手することが出来たんだ。」
「話を変えよう。ニクス、君は僕が死ぬ時に光の粒が大きな2つの塊になって飛んでいくところを見たね?」
言われてその光景を確かに見たと思い出す。
「うん。君が見たその光はマナに飲み込まれた僕の魂さ。そしてその魂は本来ならば最終的に一つになり、次の命に続くはずだった。」
「だが、その魂は一つになること無く、あの場では2つになり、更にその内の一つが更に3つに別れてしまった。」
「魂が4つ?」
僕は話を整理しながら確認する。
「そう。そして悲しいかな。最も大きな一つの魂は生まれ変わった後、先程君たちを殺そうとしたものだ。」
「あの魔人か!」
先生が大きな声を出す。
「ああ。あいつはね・・・。長い時間を生き過ぎたことに絶望し、自分を殺せる存在を探し続けていたんだよ。」
そういえばあの魔人は自分を『殺しきる』人物を探していたようだった。
「そう。そしてあいつを殺しきり、悲しみを断つことが出来るのが、僕のもう一つの魂が更に割れた存在、つまりニクス、レビン、そしてこの時計だ。」
「ということは元々僕とレビン、そしてその時計は同じ存在だったってこと?」
「流石ニクス、理解が早くて助かるよ。」
「正確に言うとニクスは『身体と精神』、レビンは『魔法属性』、そしてこの時計は『魔臓』になるはずのものだったんだよ。」
「だからニクスはブランだったし、ニクスとレビンは意思疎通が出来たってことか。だが時計だと?人の魂が時計になったっていうのか?」
「アッシェ先生も流石に鋭いね。そう、本来時計は物であって生物ではない。だが、君たちの時代では様々な神がいるだろう。それこそありとあらゆる事象や物などにも神は宿るはずだ。」
「ああ・・・。確かにやたらと神と呼ばれるものは多いな。」
「それは僕の時代でも実は同じでね。それを『
「そしてこの時計は神の力が宿り、ニクスの魔臓となるはずだった時計となった。『命の
「『命の
僕は名前に命と付いているのが不思議に思えた。
「そう、この魔臓になりかけた『命の
「ですがそれではリスクばかりではないですか?」
そう、マナとして使用するにはリスクや代償があまりに大きい。
「そう思うよね。でもさっきも言った通り、この時計のエネルギーのマナは『通常』のものじゃないんだよ。代償が大きい代わりにとてつもない力を秘めたものなんだ。」
「教えて下さい。僕と先生はあの場を切り抜けられますか?あいつを倒せますか?」
「いい質問だ。だがまず、謝らねばならない。ニクス。君には大きな代償を払って貰う必要がある。」
「え?」
「君の隣にいるアッシェ先生はもう助からない。」
「なっ!?」
「そうだろうな。」
僕の反応とは真逆に先生は非常に落ち着いた様子で自分のことが理解できていたようだった。
「だが、俺がここに呼ばれた『理由』があるんだろう?」
「やっぱり、アッシェ先生には叶わないね。ああ、貴方にはこの『命の
「そ、そんなこと!僕は・・・!」
「ニクス!良いか聞け。ニクス。」
そう言いながら先生は僕の目をしっかりと見ながら話しかける。
「これが師として弟子に課せる最後の試練であり、そして最後の贈り物だ。」
「できません!」
「やるんだ!やらなければお前はこのまま死ぬ!それで良いのか?あの場でした約束をこんな形で終わらせて良いのか!思い出せ!!」
しばらく沈黙した後僕は答える。
「僕はこの手で、家族を、友人を、大切な人を守りたいです!」
「そうだ、それで良い。流石俺の弟子だ。」
そう言いながら先生はにっと笑う。
「ありがとう、アッシェ先生。それでは先程の答えの続きだ。正直君たちが初めて元の形に戻る時、どの様なことになるかは僕でも予想できない。それにあいつはあまりにも長い時間を生きすぎた。だから約束はできない。だがニクス、君の意思は固まったんだろう?」
「はい!」
「ではせめて、君がリリーに送ったあの景色の光が未来を照らす光になったように、僕の最後の力を持って君の未来を照らす光になることを誓おう。」
「さあ、はじめよう!」
「先生!本当に・・・、本当にお世話になりました!!」
「おう、行って来い。」
「行ってきます!」
そう言うと僕達は光に再度包まれ元の場所へ戻っていた。
ただしそこに先生の亡骸は無く、そして僕もまた大きく変貌していた。
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