父が悪徳領主で妹が悪役令嬢なので破滅フラグがひしめいていますが、チートスキルでなんとかします

羽田遼亮

第1話 馬から落ちて頭を打った

 俺の名はイリス・パーシヴァル。パーシヴァル伯爵家の三男坊だ。


 どこにでもいるような平々凡々の貴族で特筆すべきところがなかったが、先日、馬から落ちてしまい頭をしこたま打ち付けてしまった。


 おかげで一週間くらい意識を昏倒させてしまい死線をさまよったが、医者の懸命の治療もあってか回復にこぎ着けた。


 今は痛みもなく、食欲も至って旺盛で、朝から好物のゆで卵を三つも所望するほどであった。


「坊ちゃまは健啖家けんたんか でらっしゃいますね」


 とはメイドの言葉であったが、俺はそのメイドに文句があった。


 今日のゆで卵のゆで具合が気に食わないのだ。


 俺の愛すべきゆで卵はかなり未熟に近い半熟なのだが、今日のゆで卵は火の通りが良すぎた。


 せっかく、心地よい鳥のさえずりと共に目覚め、胃袋が栄養を求めているのにこれでは台無しである。


 俺の中に選択肢がふたつ浮かんだ。


 ひとつ、父親のように激高する。


 俺の父は有り体に言って暴君だ。生まれついての貴族なので我が儘放題の癇癪持ち。父親ならば必ず食卓のものを打ち払って新しいものを用意させるだろう。そしてそのままメイドを解雇するのは必定であった。


 息子である俺もそうしたい気持ちがうずうずとしていたが、一方で良心も持っていたので二つ目の選択肢も存在する。


 ゆで卵のゆで方ひとつで目くじらを立てずに逆に朝食の味でも褒めるという選択肢だ。


 俺はしばらく逡巡したあげく、結局、血筋を取ることにした。


 テーブルの上の食事をぶちまけてメイドを叱責する選択肢を採ることにしたのだ。


 おもむろに立ち上がるとメイドのほうを見つめ、実行しようとしたとき、目の前がかすむ。――いや、歪むと言えばいいのだろうか。


 目をこらすと空中に『文字』が浮かんでいることが判明した。


 そこにはなんと『暴君フラグ注意、メイドを叱責すると将来、破滅する確率33%』と書かれていた。


(な、なんだ!? 暴君フラグって!? そもそもこの魔法文字はなんなんだ?)


『お答えします。私は破滅フラグブレイカー、あなたに適切なアドバイスをすることによって破滅フラグを回避します』


「……は?」


 俺の口から間抜けな声が漏れた。  思考がフリーズする。目の前に浮かぶ『暴君フラグ』という不穏な単語と、具体的すぎる『33%』という数字。


 俺は中腰のまま、テーブルをひっくり返す体勢で固まっていた。


「ぼ、坊ちゃま? いかがなさいましたか?」


 メイドが俺の奇妙な挙動に怯えたような声を出す。その声で、俺はハッと我に返った。


(こ、これは幻覚か? 頭を打った後遺症か!? いや、でもこの文字、妙にリアルだぞ……)


 俺は内心で冷や汗をかきながら、空中の文字を凝視する。


 もしこれが本当だとしたら? たかがゆで卵の茹で加減で、人生が破滅する確率が三分の一も上がるだって? そんな馬鹿な話があるか。


 だが、もし本当だったらどうする。俺は今、三分の一の確率で将来の自分を殺そうとしていることになる。


 俺の体内に渦巻いていた、パーシヴァル家の血筋たる癇癪の炎が、急速に冷えていくのを感じた。代わりに湧き上がってきたのは、未知の「破滅」に対する根源的な恐怖だ。


(くそっ、今は一旦引くしか……!)


 俺はギギギ、と油切れのブリキ人形のような動きで、ゆっくりと椅子に座り直した。


 握りしめていた拳を、震えながら解く。


「……いや、なんでもない」


 俺は引きつった笑みを浮かべて、目の前の固ゆで卵を見つめた。


「よく見れば、今日の卵は……その、なんだ。白身がプリプリしていて、これはこれで美味そうだ。ああ、素晴らしい茹で加減だよ。感謝する」


 自分でも驚くほど棒読みだった。心にもないお世辞を言うのがこれほど苦痛だとは思わなかった。


 メイドは目を丸くして、数秒間ぽかんとしていた。まさかこの俺から、しかも食事にケチをつけた直後に感謝の言葉が出るとは思わなかったのだろう。


「は、はい! も、もったいなきお言葉! 恐悦至極に存じます!」


 メイドは深くお辞儀をすると、俺の気が変わらないうちにと言わんばかりに、そそくさとその場を去っていった。


 部屋に一人残された俺が、大きなため息をついたその時だ。


《ピロリン♪》  と、どこか間の抜けた効果音が脳内に響いた。


『おめでとうございます! 【暴君フラグ:メイドの解雇】を回避しました。現在の破滅確率は33%から0.01%に減少しました』


 目の前の文字が切り替わり、そんな表示が出た。


「……マジなのかよ」


 俺はガックリとテーブルに突っ伏した。冷や汗で背中がじっとりとしている。


 本当に危なかったらしい。あのまま親父の真似事をしていたら、俺の人生はハードモードに突入していたのだ。


(これから毎日、こんな綱渡りをしなきゃいけないのか……?)


 絶望的な気分になりかけたその時、ふと、さらに重要な事実に思い至った。

 待てよ。俺は「三男坊」だ。この家の権力構造で言えば末端だ。


 そんな俺の、たかが朝食のワガママひとつで破滅フラグが立つというのなら。


 この家の当主である「悪徳領主」の父上と。


 すでに社交界で悪名を轟かせつつある「悪役令嬢」予備軍の妹は。


 一体、どれだけのフラグを乱立させているんだ?


 その疑問に答えるように、空中の文字が再び変化した。


『補足情報:現在、当家周辺には大小合わせて48個の破滅フラグが検知されています。  主なフラグ:  ・父ゲオルグによる【重税による領民一揆フラグ】(危険度S)  ・妹シャルロットによる【公爵令息への執拗ないじめによる断罪フラグ】(危険度A)  ・隣国との【外交問題発展フラグ】(危険度A)  これらを放置した場合、パーシヴァル家が一年以内に滅亡する確率は98.5%です』


「……詰んでるじゃねーか!!」


 俺の絶叫が、静かな朝の屋敷に響き渡った。  俺の平穏な療養生活は、こうして終わりを告げたのだった。

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