第2話 スキル獲得実習 一日目

「モモ、聞いた?」


 朝七時に学校に登校すると、リンゴが話しかけてきた。


「おはよう。リンゴ」


「聞いた?」


 僕の挨拶を無視して、リンゴは僕に詰め寄る。僕とリンゴの身長は変わらない。

鼻腔に水々しい果実の香りがつく。

僕はリュックサックを背負い直す。そして単的に答えた。


「聞いた」


 リンゴの顔に、笑みが浮かぶ。長い付き合いだ。

その笑顔の意図は、好奇心を意味していた。


「どうやって発見された?リンゴは林檎の木の洞にいた。蛇に守られていたらしいよ。しゃー」


「アダムとイブかよ。俺はどんぶらこ〜どんぶらこ〜って、流れてきた大きな桃入っていたらしいよ」


「桃太郎じゃん。ウケる」


 リンゴはカラカラと笑い、僕の肩を叩く。満足したのか、それから友達のところに戻っていった。


 よかった。小学四年生にとって、異性と長時間話すのは危険行為だ。

自称芸人キャラの伊藤に見られたら、今日はダンジョンどころではなくなってしまう。


 その点、リンゴの行動は完璧だった。最高だった。

短時間で女子から笑いをとったという客観的事実。

これは思春期男子的には、むしろ羨望的礼賛に値する行為だ。女子と絡んだ時間いちゃいちゃタイムが少しでも長くなると、一気にからかいの対象になるが。


 僕は誇らしげさを滲ませながら、男友達の元に向かった。



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 バスに揺られること一時間。休憩もなかったが、僕たちのクラスは無事に着いた。別のクラスでは、酔った生徒が途中下車した。

保健室の先生の車に乗ってゆっくり来るらしい。


「着いたーー」


「うっひょう!」


「先生!漏れる!てか漏れた!」


 伊藤たちがバスを降りた瞬間に叫ぶ。

つい先ほどまでの静けさが嘘のようだ。

誰もが曲がりくねった坂道に閉口していたのに。


「モモよぉ、いつ魔物倒すん?」


 クラスで一番ガタイの良い、スイカがやってきた。年中無休の短パン小僧である彼は、倒した雑魚マスで作る囲炉裏焼きを楽しみにしていた。


「おれぇ、今日ご飯3杯しか食ってないからぁ、待ちきれないぜ」


「まずは雑魚マス釣らないと」


「どうやってぇ?」


 スイカはフィジカルに全振りしている。だから人の説明を忘れるのも、よくある。


「ほら、あそこに割り箸で作った釣竿があるだろ。あれに着いているスルメで釣るんだよ」


「まじかよぉ、あれ、おやつじゃないのかよ」


「お前が釣られてどうすんだよ」


 十和田湖ダンジョンは、渓流系と湖系の二つのフィールドからなる開放型ダンジョンだ。

スキルを得るためのダンジョンに使うのは、湖のほうだ。

こっちは浅瀬にいる限りは安全だ。

二十世紀夏休み系ゲームで取れる昆虫や魚しかいない。


 雑魚マスは最弱だ。ダンジョン生態系の最下層にいる。常に空腹なので、数百人が一斉に釣り始めても、全員が釣れる。

しかも魔素の影響で、普通のマスよりもうまい。


 東日本では、雑魚マス。

西日本では雑魚コイと呼ばれるこの魚は、スキル獲得実習の定番だ。


「雑魚マスうまいよなぁ〜。早く食いたいぜ〜」


「スイカは都会に生まれなくてよかったな。東京じゃ、スキル獲得実習は底辺ゴキブリらしいぜ」


 僕らが雑談していると、大人の準備が整ったらしい。

整列してスキル獲得施設の人々やボランティアの保護者に挨拶。

それから道具が配られて、実習が始まった。


「また釣れたー」


「おれの雑魚マス、デカくね」


「スルメ、うめぇ〜」


 午前中いっぱい、雑魚マスを釣った。

生徒が順番に名前を呼ばれる。そして自分の釣った雑魚マスを持っていき、施設の人が捌いてくれる。

中から出た魔石を生徒が踏んで、終わりだ。


「魔石を踏んだ生徒は、こちらにきてください〜」


「鑑定結果は後日、学校に送りますからね〜」


 生徒は、綿棒で内頬を擦る。採取したDNAは、鑑定センターに送られる。

昔は、この検査に多くの大人たちが恐怖と絶望をしていた。

そしてたくさんの家庭が壊れた。


 今はそうでもない。臭いものに蓋をするのが、大人の特技だからだ。その特技によって、鑑定結果から多くの項目が消えた。そして離婚率と家庭裁判所の仕事が減った。


 この少なくなった鑑定結果を元に、三者面談が行われる。スキルの詳細や派生スキル、成長曲線などを話し合って、子供の将来を想像するのだ。



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「スキルが発現した子は教えてね〜」


 焼き魚と豚汁を食べ終えて、子供たちが明々に遊んでいた。すると教師の声が聞こえた。


 スキルは早ければ、魔石を潰した一時間後には発現する。

魔法系のスキルは総じて遅い。身体強化系のスキルは早い。

ただし最速発現記録があるのは、童話スキルで、最遅記録も童話スキルだ。


「せんせー。及花くんがスキル出たってー」


 早速何人かの生徒からスキルが発現した。

何人かの生徒の周りが騒がしくなる。

教師や獲得施設の職員が慌ただしく、駆け寄る。


「うおお‼︎リンゴちゃんの顔がよく見える。やっぱりリンゴちゃんは、天使だったんだ!」


「スキルに決まってんだろ。ウケる」


 大人たちが発現したスキルを確認。

そのスキルにあった訓練施設に、生徒を誘導する。

感覚強化なら室内で、視力検査や聴力検査。身体強化なら垂直跳びやランニングなどの体力テストが行われる。


「いいなー。及花くん。見た感じ、身体強化でしょ。これでバスケ部のエースになれるんじゃない?」


「ウチ、及花くん前から気になってたんだよね」


「えっ!そう……なんだ。わたし、おう、えん、、するね……」


 百人中三七名の生徒が、身体強化に類するスキル持ちだった。

統計よりも多いくらいの人数だ。

発現しなかった生徒は、釣りや渓流探索、苔アート作りをして夕食まで過ごした。



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 夕食はきりたんぽ鍋だった。風呂に入る頃には、身体強化系の生徒たちも戻ってきた。五メートルもジャンプできたとか、五十メートルを二秒で走ったとか、ニャンコ先生の鼻毛を見ちまった、最悪などが聞こえてきた。


「はっくしょん」


「いてっ。なんかビリっときた」


「ごめん。電気でちった」


 身体強化系の生徒たちと入れ替わるように、魔法系の生徒たちのスキルが覚醒した。すぐさま大人たちが飛んでくる。そして訓練施設に生徒たちを釣れていく。


「はいはい。魔法のレクチャーするから、ここで使わないように。こらっ。伊藤、使うな。お前は先生と手を握るぞ」


「え〜。あれ、魔法が出ない?」


「何年、教師と魔法使いをやっていると思っているんだ。魔法無効マジックキャンセルくらいは、お手のものだ」


 生徒たちは、スキルが発現し、訓練が終わった者。訓練最中の者。まだスキルが発現していない者に部屋を分けられた。モモのスキルはまだ、発現していなかった。


「夜中にスキルが出たら、廊下にいる大人に教えてね〜。大人たちは交代で見張る予定だから、いつでも大丈夫だよ〜」


「外にも巡回している大人がいるから、部屋から抜け出すんじゃないぞ〜」


 生徒たちは、二段ベットが詰められた部屋で寝た。一部屋に八人ほどにまとめられた。モモは同じ部屋の生徒とあまり話したことがなかった。でもまだスキルが発現していない、その同族意識ですぐに仲良くなった。スキルが出たらどんなことをしたいか、部屋にみんなで話し合った。モモの部屋にいた生徒のうち、五人ほど夜中にスキルが発現して出ていった。


 一人出て行くたびに、部屋は少しずつ静かになっていった。窓の外からは、微かに爆発音や雷撃の音が聞こえる。


「明日になれば、大丈夫」


 部屋に残った三人の誰かが呟いた。モモだったかもしれない。違うかもしれない。その呟きが宵闇やみに溶けたように、モモたちの意識もいつしか溶けていった。結局、スキル獲得学習一日目が過ぎた。モモはスキルが発現しなかった。

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