今日は体育の授業がない。体育の授業だけは、男女が別になる。この場合、恋はどちらに行くのだろう。肉体的には男だから、男か?


「いっしょに、帰ろう?」


 放課後に恋がオレの席に近付いてきたことなんて、過去にはなかった。オレから話しかけることもなく、恋はいつものメンバーでマンガ研究部の活動に向かってしまう。オレに恋の行動を縛る権利はないから、恋は恋の好きなことをすればいい。オレはただのおさななじみで、恋との間には、何もなかった。


「あのさ、恋」

「?」

「ちょっと、行きたいところがあるんだけど、いっしょに寄ってくれるか?」

「うん。いいよ」


 オレたちは教室を出る。ふたりで並んで、廊下を歩いた。上履きからローファーに履き替える。


「靴のサイズって、変わらないのか」


 手のひらも大きくなっているのに、足は変わっていないようだ。恋の足元は、履き慣れた焦げ茶色のローファー。


「あー! 確かに! よく気付いたね?」

「まあな」


 中学の時からこれを履いてただろ。高校に上がったんなら、そのときに新しくすればよかったのに。履き慣れている靴のほうがいいよな。


「行きたいところって、どこ?」


 校門を出て、左腕にくっつきながら、恋が聞いてきた。


「まあ、ついてこいよ」


 実のところ、オレは何も決めていなかった。ただ、教室では言いにくかったから、別の場所に移動する口実が欲しかったってだけだ。朝も通った道のりを歩きつつ、オレは恋との思い出を脳内で遡る。


 ――よし、決めた。


 横断歩道を渡らずに、駅の方向へと進む。恋はオレに従って、改札を抜けて、電車に乗った。恋は、途中で乗り換えようとしたところで「どこまで行くの?」と聞いてくる。


舞浜まいはま

「え」

「オレの分のぬいぐるみが、欲しくなったんだよ」


 理由としては、ちょっと苦しいか。他にも、目的はある。というか、この他の目的こそがオレの目的で、ぬいぐるみが欲しいっていうのは、なんというか。


「あの時、買えばよかったじゃない」

「一個買えるぐらいしか、おこづかいが残ってなかったんだよ」

「園内で食べ過ぎたから?」

「たまにしか行けないんだから、ポップコーンの全部の味を食べてみたいだろうが」

「……どっちが子どもだか、わからないね」


 なんだよ。ぬいぐるみを『ガキっぽい』って言ったの、根に持ってるのかよ。


「そうかもな」


 制服を着たままのオレたちを乗せて、舞浜駅のホームに電車が到着する。月曜日からテーマパークに遊びに来るヤツはまあまあいるだろうが、学校終わりにこの時間から来るようなヤツはそうそういないらしく、オレたちしか下りなかった。


「同じの、パークの外でも売ってるといいなあ」


 改札を出て、恋がつぶやく。オレだって、パークの中に入るつもりはない。おこづかい制でバイトをしていない高校一年生に、そんな金銭的な余裕はない。


「あのさ、恋」

「何?」


 ここまで来たんだから、言おう。オレは言うぞ。言わないと、ここまで来た意味がない。


「オレ、恋のこと好きだわ」

「……」

「好きなんだ」

「それは、」




 どちらの

 おれが

 すき

 ?

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