魔法の火打箱でアンデルセン童話の世界を書き換えるゾ
スター☆にゅう・いっち
第1話 魔法の火打箱を手に入れろ
俺の名は賀集院龍平(かしゅういん りょうへい)。
マーチ大学文学部で西洋文学を専攻し、特にアンデルセン童話を研究していた。子供の頃から童話が好きで、ゼミは迷わずその研究を選んだ。
年末のある日、教授に頼まれて研究室の掃除をしていた。古びた窓を拭こうと背伸びした瞬間、足を滑らせてバランスを崩す。
「――あっ!」
気づいた時にはもう遅かった。七階の高さから真っ逆さまに落ち、下は固いアスファルト。衝撃と共に意識は飛んだ。
目を覚ましたとき、そこは大学でも病院でもなく、見知らぬ戦場の跡だった。鉄の匂い、血と死体の臭気。俺は「ハンス」という傭兵の身体に転生していたのだ。
どうやらここは中世ヨーロッパに似ているが、魔法使いやモンスターが存在する異世界らしい。長い戦乱の時代が終わり、平和が戻ったとき、ハンスは故郷へ帰ることになった。
しかし途中で金も尽き、行き場もなく、とある町はずれの草原で野宿していた。夕焼けの赤が草原を燃やすように染める中、俺は空腹で力なく横になっていた。
そのとき、不意に影が差す。
「……あんた、行く当てあるのかい?」
かすれた声。見上げると、フードを深くかぶった老婆が立っていた。背は曲がり、杖をついている。得体の知れない雰囲気が漂っていた。
「腹を空かせてるんだろう? あたたかいスープとパンをやろう。ついでに宿もある。だがその代わりに仕事をしてもらう」
怪しい話だった。だが腹の虫が鳴いている。俺には選択肢がなかった。
「……まずはスープとパンをくれ。話はそれからだ」
老婆は口元を歪めて笑い、「ついておいで」と言った。
彼女の家は町外れの森の奥にあった。中に入ると、薄暗い部屋の片隅に鎖につながれた子供たちが数人うずくまっていた。やせ細った顔。怯えた瞳。俺は言葉を失った。
老婆が差し出した食卓には、どろりと緑色の不気味なスープと固い黒パン。だが空腹には勝てず、俺はそれをむさぼり食った。胃に温かさが広がると、ようやく話を聞く余裕が出てきた。
老婆は静かに言う。
「山のふもとの洞窟に“魔法の火打箱”が眠っておる。それを取ってきてもらいたいのさ」
「火打箱?」
「火を起こすのに役立つ道具じゃよ。食事の支度にも困らなくなる。それにな――洞窟には金銀銅の貨幣を詰めた箱も眠っている。そいつもついでに持ってきてほしい」
老婆は布でできた袋を俺に渡した。手触りの硬い、呪術めいた文様の入った布だ。
「洞窟には番人がいる。フェンリル、ケルベロス、そして小竜――ミニドラゴンじゃ。恐ろしいが、この布をかぶせれば奴らは小さくなり大人しくなる」
さらに、戦利品を運ぶための台車まで渡された。
俺は布を手に取りながら、心の中でため息をつく。
――怪しすぎる。だが食い物をもらった以上、断るわけにもいかない。
「……で、洞窟はどの辺に?」
老婆は羊皮紙のような地図を広げ、かすれた指で山のふもとを示した。
「二日の道のりじゃ。まあ、あんたほどの腕なら大丈夫だろうよ」
俺は思わず苦笑した。転生してからの俺は確かに剣の腕を持っている。だが、フェンリルやケルベロスといった伝説級の魔物とまともに戦える保証はない。
しかし地図を握りしめ、俺は決意した。
行くしかない。この世界で生き残るために。
小屋に泊めてもらい、翌日、森を抜ける風の音を聞きながら俺は台車を引き、洞窟へ向けて歩き出した。
老婆の家を振り返ると、窓から見える子供たちの顔がじっと俺を見つめていた。
――果たしてこの依頼は、ただの「火打箱探し」なのか。
それとも俺を待つのは、罠と試練なのか。
物語は、まだ始まったばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます