冒頭の一文で、なんだか四季の冬っぽいなあと思っていたら、ほんとにそうでした^^。
あの第二楽章はいいですよね。昔、小学生時代に「みんなのうた」でこれに日本語の歌詞をつけてバラード歌謡っぽい雰囲気でアレンジしたものを聞いたことがありましたが、その時から日本語歌謡版も原曲も好きです。十八世紀に著作権収入のシステムがあったなら、これ一曲だけでもヴィヴァルディは後半生を優雅に暮らせただろうに、と思います w。
さあ、この音楽に載せてどんなドラマが、と期待を高めていたら、しかしソロが始まったところで終わり!? え? これだけなんですか? 笑 いやまあ、雨のメタファーとか、それ自体はきれいな比喩ではあるんですれけれども。
あるいはこのコンミスが嫁さんで、夫婦げんかの最中で、そこに大学時代の同棲の頃の思い出が重なり、みたいな展開なら面白いかなとか勝手に想像しかけてたんですが w……それはさておき、んー、雨を中心にしばしの思索を披露するにしても、ちょっとこれだけでは、というのが正直な感想です。この長さで密度の高い音楽随想にするならするで、なんかもうひと要素ほしいなという。
まあこれ以上は具体的すぎるコメントになりそうなので控えますが、目指そうとされたところはわかるような気もするので、いずれまたチャレンジしていただければと。
作者からの返信
湾多さん
お読みいただきありがとうございます。
このお話は湾多さんの感想が是非聞きたかったので、とてもありがたく。
冒頭が冬っぽいというお言葉だけでもう満足した気になっていますが、やっぱりここで終わりですか、となりますかね^^
まあ、この話は確かに随想のような着想から始まったので、あまり物語を考えていなかったのですよね。ただ、おっしゃるように、この短い楽章の合間で、もっと思索を巡らせるようにするほうが良かった気がしてきています。あるいは演奏しながら。
内面の表現は難しいと思いつつも、いい勉強になった気がします。
ありがとうございます。
音楽を奏でる時に、経験と言う情景がそっと色を添える、そんな気持ちで拝読させて頂きました。雨の音、たくさんの思い出があります。私の雨の音が物語に弾けて心に響く様でした。面白かったです、ありがとうございます( ;∀;)
作者からの返信
お読みいただきありがとうございます。
雨の音ってみんなイメージははっきり持っていると思うんですが、雨そのものには音なんてないのでなんか不思議だなあと思っていたのです。
自分の中の雨の音をイメージしながら読んでもらいたかったので、願ったりでございます。ありがとうございました。
第2楽章 "Passar al foco i dì quieti e contenti Mentre la pioggia fuor bagna ben cento"への応援コメント
雨そのものには音なんてない、という文章が不思議と心に残りました。何かと何かが触れ合って空気が振動して共鳴して…それが音ですよね。どことなく社会性の感じられる現象。
冬の薪ストーブが燃える温かな室内で、燃える炎の音と湿った雨音が混ざり合う…そんなほっとするひと時を思い起こしました。
四季の冬二楽章は大好きな曲なんです。自分の結婚式二次会で私クラリネット、夫チェロで演奏しました♪
あとうちのトイレ音楽が流れるのですが、高確率でこの曲になってます(まったくいらん情報ww)。
作者からの返信
鐘古家のトイレ事情w
高確率でこの曲ということは、他の曲も?!
気になりすぎる!
二次会での御夫婦での演奏、素敵ですね。
雨に音がない、拾って頂いてありがとうございます。
執筆しながら、ふと感じたんですよね。そういえば雨音って、打たれる相手がないと成立しないなぁと思いまして。ちょっと気に入っていたりします。
有名な曲なので、なんとかこのイメージを上手く使えないかなというチャレンジで。