鎖編みのミスティカ~会社に縛られていた社畜が鎖のTS魔法少女になる話~
@topazrf
第1話
息が切れる。
肋骨の奥が痛い。
足場なんてない、両手の皮はとっくに剥けて、血で滑る。
それでも——登るしかなかった。
あの会社に戻るくらいなら、死んだほうがマシだった。
金網の向こうは、暗い夜空と湿った風。
背後では、監視カメラの赤い点滅が不気味に光っている。
無機質な社員寮の壁。深夜でも灯りがついたフロア。
タイムカードは空欄ばかり。きっと月末に当たり障りのない数字を勝手に打刻されるのだろう。
休みなんてものもあるはずなく、曜日感覚も無くなってしまった。
毎日が「今日中」と「今すぐ」で回っていた。
クレーム処理。徹夜明けの納期調整。
指示書すら来ない仕様書変更。
「君の責任感に期待してる」なんて、言い訳と逃げ道のセット。
生きてるのか死んでるのか、わからなかった。
最後に鏡を見たのはいつだろう。
上司の名前と役職は全部覚えてるのに、自分の顔だけ思い出せなかった。
「っ……」
鉄条網が指に食い込む。皮膚が裂ける音さえ聞こえそうだ。夜風に晒されているはずの鉄が熱くすら感じる。
それでも手を止めれば、また戻される。
「…逃げるなんて、君らしくないな」
誰かの声が脳内で再生される。
登る。登る。
最後の一歩を、踏み出す。
フェンスのてっぺんに手がかかった瞬間、世界がぐらついた。
あ、とか、そんな声も出ないまま、
俺の体は金網の向こう側へ、崩れるように落ちた。
*
……うすい光が、まぶたの裏に滲んでくる。
「……ん」
目を開けると、視界に入り込んできたのは、灰色のコンクリートと濡れた段ボール。
あまり綺麗とは言えない路地裏の地面だった。
少し湿った空気。遠くでカラスが鳴いている。
上を向けば、夜明け前の空がかすかに白み始めていた。
「……あれ」
体が、軽い。
昨夜の痛みも、熱も、重さも、どこかへ消えていた。
夢だったのかな、と思った。
上体を起こそうとして、足を動かした瞬間。
「——っ、わっ」
バランスを崩して前につんのめる。
作業着のズボンの裾が足に絡まり、コケた。
膝を打ったけど、やっぱり痛くなかった。
……いや、それより。
「こんな……おおきかったっけ?」
ズボンのサイズが合ってない。ブカブカだ。
シャツも肩がずり落ちそうで、袖が手を覆っていた。
ふと、気づく。
地面が、妙に近い。視界が低い。 ……いや、違う。自分が、縮んでる?
近くに、割れたガラスの破片が落ちていた。
反射で顔を覗き込む。
「……え?」
映っていたのは、小さな女の子。
暗めの髪がぐしゃぐしゃで、顔にはまだ汚れが残っている。
でも確かに、自分だった。
知らない顔。でも、目元が少しだけ、昔の写真に似ていた。
「……ぜんぶがちいさい……」
声が、高い。
頭の中では“俺”の声のつもりだったのに、
口から出たのは、やけに柔らかい“わたし”だった。
「なんで……?……これ……わたし?」
声もうまく出ない。言葉が、上滑りする。
思考が混乱してるはずなのに、不思議とパニックにはならなかった。
——体が、気持ちを引っ張ってる。
不思議な感覚だった。
でも、なぜか恐くなかった。
……たぶん、疲れてたんだと思う。
心も、身体も、全部。
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