善良なあなたを堕とすまで
シソとあん肝
善良なあなたを堕とすまで
蓮とは、大学に入学したての頃に知り合った。
周りはみんな親も祖父母も裕福で、話し方も持ち物も、育ちの良さが滲み出る人ばかりだった。
そんな中にあって、蓮は少し異色だった。
言葉遣いは粗くて、実家も裕福じゃなくて、むしろ苦労してきたような雰囲気。
袖口が少しほつれているシャツも、修理跡だらけの鞄も、不思議と彼には似合っていた。
太陽みたいに堂々としていて、見栄も卑屈さもない。
その明るさに、自然と人が集まる。
必修の授業の大教室で、所在なく席を探していると、
「こっち座れよ」と手招きされた。
ほかの人たちは目を合わせないように携帯をいじっていたのに、
蓮だけが、まるで当然のことのように私を迎え入れた。
ノートを借りただけで「助かった!」と大げさに喜び、
消しゴムを貸しただけで「ありがとな」と笑う。
友達に囲まれているのに、
私と目が合うと、必ず気づいて、そばに来てくれた。
──そんな彼が、私に惹かれていたなんて知ったときは、本当に驚いた。
「なあ、今度の土曜、暇か?」
図書館で勉強していたとき、彼は少し照れたように聞いてきた。
珍しくうつむいて、首の後ろを掻きながら。
「うん、暇だよ」
「じゃあ、映画でも行かないか? その……二人で」
心臓が跳ねた。
ここまで真っ直ぐに求められたことなんて、今までなかった。
付き合ってからの蓮は、王子様というよりも執事だった。
重い荷物を持とうとすれば、「俺が持つ」と当然みたいに取り上げる。
雨が降れば、自分が濡れるのも構わず、傘を私へ寄せてくれる。
寒いと言えば、すぐに上着を脱いで肩にかける。
何をしなくても、守られてしまう。
「してもらうのが当たり前」みたいに扱われる。
その優しさが、心地よくて、怖かった。
***
「濡れたまんまだと風邪引くぞ」
シャワーを浴びてリビングに戻ると、蓮が私の濡れた髪を見て、眉をひそめる。
「ドライヤーって面倒なんだもん」
「ほら、ここ座れ」
ソファに座らされると、彼は私の髪に指を差し込んだ。
温風より先に、指先のぬくもりが頭皮に触れる。
「真ん中分けにしないでね」
「へいへい」
笑いながら、私の髪を丁寧に梳いていく。
ひと束、ひと束、逃さないみたいに。
こんなに無駄に長い髪なのに、まるで壊れ物を扱う手つきで、丁寧だった。
「なあ、もうちょっと前に座れよ。乾かしにくい」
「ん」
彼の手が、私の肩に触れる。その優しさが、どうしようもなく温かい。
自分の今までのクソみたいな人生に、ハイライトが訪れた。そう思った。
でも、心の奥で、何かが囁いた。
──これじゃ足りない
私の渇望感は埋まらなかった。
そもそも、ずっとそうだった。何かが埋まらないのだ。
誰かに好かれても、キスしても、セックスしても、お金をたくさん使ってもらっても
──何か埋まらない穴みたいなものがある。
蓮の指が、私の髪を優しく梳かし続ける。
この優しさは、誰にでもできる。そう思ってしまう自分がいた。
彼は誰にでも優しい。私が特別なわけじゃない。そう、心のどこかで思ってしまう。
「よし、乾いた」
乾いた髪を最後に撫でて、彼は満足そうに笑った。
いつもの太陽みたいな笑顔。まっすぐで、眩しい。
だけど、その眩しさが、私の内側の暗さを余計にくっきり照らした。
***
「なあ、クリスマスはどこに行きたい?」
ある日、夜景特集の雑誌を、蓮が嬉しそうに向けてきた。
窓の外に宝石みたいな街並み。キャンドル。ドレスアップしたカップル。
──誰もが正解だと信じる“幸せ”が並んでいる。
「えー、どこでもいいよ」
「欲がないな! 俺のおすすめは——」
彼が嬉しそうに話し続ける。
きらきらした声で喋っている。
その明るさは、誰にでも向けられる「優しさの形」みたいだった。
(私が欲しいのは、そこじゃない)
雑誌の上には、万人受けの夜景。
でも、胸の奥がざらついた。
「じゃあ、ここにしよう! 絶対喜ぶと思うんだよな」
写真を指差す指が、まっすぐで、迷いがなくて。
その笑顔が、どうしようもなく愛おしいのに――胸の奥がひりついた。
「うん、楽しみ」
私の声は、驚くほど素直に聞こえた。
雑誌が閉じられ、唇がそっと触れる。
唇が、ただ触れた。まぶたに触れる指先みたいに、軽く。
呼吸が混ざるほど近いのに、痛みも、焦りも、独占もない。
キスが終わっても、胸の奥だけが焼けたまま残った。
言葉ではなく、体の奥で、何かが足りないと叫んでいる。
(優しいだけじゃ、足りない)
喉の奥で、言葉にならない欲望が溜まる。
それを笑顔で押し込めた。
——もっと深く、沈められたかった。
***
そんな会話をした三日後だった。
クラブで知り合った男。名前も知らないし、顔もはっきり覚えていない。
ただ、私を見る目が、蓮のそれとは全く違っていた。
欲望だけが剥き出しになった視線、それから、丁寧さのかけらもない手つき。
蓮が髪を乾かすとき、壊れ物のように触れるのに。
この男の手つきは、誰のものでもいいみたいだった。
ホテルの安っぽいベッドで、私は何も感じなかった。
ただ、心の中で、蓮の顔を思い浮かべていた。
これを知ったら、あなたはどんな顔をするんだろう
それでも、優しく笑って、許してくれるんだろうか
それとも——
事が終わって、男がシャワーを浴びている間、私は携帯を取り出した。
蓮からのメッセージが三件入っていた。
『今日、晩飯作って待ってる』
『何食いたい?』
『返信ないけど、大丈夫か?』
私は、震える指で、返信を打った。
『ごめん、今、他の人とホテルにいる』
送信ボタンを押す。心臓が激しく鳴っている。
電話が鳴った。蓮だ。
「……もしもし」
『今、どこにいる?』
彼の声は、いつもより低かった。でも、怒鳴ってはいない。
『わかった。十分で行く。そこで待ってろ』
電話が切れた。
男がシャワーから出てきたとき、私は服を着ていた。
「もう帰るの?」
「うん」
引き止められない。それが逆に、少しほっとした。
ホテルから出て待っていると、蓮が息を切らせて走ってきた。
「……大丈夫か?」
まっすぐな目だった。
その優しさだけが、まるで時間から取り残されたみたいだった。
「なんで、そんなこと聞くの?」
「だって、お前……無理やりとかじゃなかったのか?
酔ってたとか、何かあったんじゃ……」
「私がやったの。自分で選んだの。
……でも、一番好きなのは、蓮だよ」
蓮の表情が崩れる。
「は? だったら、なんで——」
「でも、足りないの。優しくて……優しすぎて、足りないの」
「足り……ないって、何がだよ……?」
うまく言葉を掴めないみたいな声だった。
「蓮は完璧。優しくて、思いやりがあって、誰にでも親切で」
「だったら——」
「だから、足りないの」
蓮が息を止めたみたいに黙る。
「……俺に、がっかりしたのか?」
「してないよ。そういう蓮は……むしろ大好きだよ」
「じゃあ、なんで──」
「私みたいなの、捨てて。もっとまともな子と幸せになって。
健全で、丁寧に人を好きになるような、そんな子がいいと思う」
沈黙。
少しして、蓮が小さく言う。
「……帰ろう、な? とりあえず家に帰ろう……」
手を取られる。
その手が、ひどく震えていた。
***
それから、一週間が過ぎた。
蓮は、一度も責めなかった。
「なんで、そんなことしたのか、話してくれないか」と、何度も優しく聞いてきた。
「俺の何が足りないのか、教えてくれよ。変えるから」
「変えなくていい。蓮は、そのままでいて」
「でも、それじゃお前は満たされないんだろ?」
「……うん」
彼の顔が、苦しそうに歪んだ。
それから数ヶ月の間に、私は同じことを繰り返した。
バーで、クラブで、大学の飲み会で。
そのたび、蓮は迎えに来た。
最初は「大丈夫か?」と聞いていた彼が、
二度目には「またか……」と掠れた声で、
三度目には何も言わずにただ抱きしめるだけになり、
四度目には——車の中で、ハンドルを握ったまま、動けなくなっていた。
けれど、彼の眼差しはほんの少しずつ変わっていった。
太陽のようだった輝きが、濁りを帯び始める。
濁るのに、光ろうとしている。
その無理な光が、余計に痛々しかった。
友達に「最近、元気ないな」「大丈夫?」と言われているのを、私は知っている。
授業にも集中できなくなっているのを、知っている。
ある日、廊下で、彼の友人だったはずの男が、
蓮を見て、少し迷ってから、別の廊下へ曲がっていった。
蓮は気づいていた。気づいていても、追いかけなかった。
彼の明るい輪から、何人かの友達が静かに離れていったことも、知っている。
誰も、私には何も言わなかったけれど。
私が、彼を壊している。
それがわかっているのに、止められなかった。
「なあ」
ある夜、蓮が言った。
「俺さ、お前のこと、どうしたらいいのか、わかんなくなってきた」
その目に、初めて"諦め"が浮かんでいた。
希望がまだ残っている絶望ではなく、
希望を捨てきれないまま沈んでいく絶望だった。
「何度すくい上げても……お前は、また……」
言葉の続きが喉で崩れた。
「……ごめん」
反射のように口にすると、蓮は首を小さく振った。
「謝らなくていい。謝らないでくれよ……」
額に手を押し当て、頭を抱え込む。
爪が皮膚に食い込むほど強く握りしめているのに、手だけが震えていた。
その瞬間、私は思った。
ああ、もう少しだ。
この人は、自分の善良さを守りながら生きてきた。
それでも今、私のために、それを捨てようとしている。
もう少しで堕ちてくれる。
私だけのために。
***
そして──壊れる瞬間は、五度目の夜だった。
ホテルの自動ドアが開くと、蓮がロビーにいた。
いつもよりずっと早く。待っていたというより、張りついていたような立ち方だった。
私の後ろから、同級生が出てきた。
蓮も顔だけは知っているはずだ。
その男は、私と目も合わせず、「じゃあな」と軽く手を振り、
その手の延長で、缶コーヒーの自販機へ向かっていった。
蓮は、振られた手ではなく、
何気ない“日常の動作”のほうを、じっと見ていた。
まるで、私との関係がその程度だと突きつけられたように。
表情が、ゆっくり凍った。
「……ねえ、蓮」
返事より先に、声が落ちた。
「帰るぞ」
低い声。押し殺した息。
怒鳴り声じゃない。だから余計に危なかった。
腕を掴まれた瞬間、指が食い込んだ。
抵抗したわけでもないのに。
車に押し込まれ、ドアが閉まる音が重たく響く。
蓮は黙ったままアクセルを踏んだ。
何も言わせない沈黙が、車内一面に張りついていた。
自分の家とは逆方向に曲がったところで、やっと声が出た。
「どこに……行くの」
「……俺の部屋だ」
声が震えていた。
「お前を離したくない。もう、無理だ」
エンジンが止まっても、しばらく動かない。
うつむいたまま、肩だけが上下していた。
「……蓮?」
名前を呼んだだけで、勢いよく顔を上げた。
そのままドアを荒っぽく開き、私の手首を掴む。
部屋に入った瞬間、背後で鍵がかかった。
金属が噛み合う音が、ガチャンと重く響く。
「……ほんとに、俺のこと好きか」
目を逸らさせない声だった。
「好きだよ」
「だったら──もう出て行くな」
噛みつくような言い方だった。
「ここにいろ。俺が許可するまで、外に出るな」
声は掠れていたのに、決意だけが異様に強かった。
「こんなこと、しちゃいけないってのは、わかってる。
間違ってることくらい、わかってるつもりだ……」
180センチを超える蓮の巨体が、私の上に沈み込んだ。
視界が完全に塞がれる。
壁みたいな胸板と、丸太のような腕。
私なんて子供みたいにすっぽりと隠してしまうその圧倒的な質量の前では、逃げることなんて最初から許されていないのだと思い知らされる。
息が荒い。熱い。首筋に吐息が当たるたび、汗と微かな香水の匂いが混ざって襲ってくる。
指が、私の両手首を頭上に押しつけた。骨が軋む。
逃げようとしたわけでもないのに、逃げられない力で。
もう片方の手が、私のシャツのボタンに伸び、
一つ、また一つ、乱暴に引きちぎられた。
蓮の瞳が、獲物を追い詰める獣のような色で、ギラギラと私を射抜いている。
冷たい空気が肌に触れた瞬間、彼の口が鎖骨に落ちた。
キスじゃない。
噛みつき。
「っ……!」
歯が沈む。皮膚が潰れて、血の味が滲んだ気がした。
痛みが電流みたいに走るのに、心臓だけは溶けていく。
(ああ、これだ。これが欲しかった)
彼の舌が、その痕をゆっくりなぞる。
舐めるというより、傷を確かめるみたいに。
「もう逃がさない……」
低い声。掠れて、壊れた音だった。
手が、私の胸を掴む。
優しく触れる気なんか、もうない。ぎゅっと握られて、爪が食い込んだ。
肉が指の形に押し潰され、赤い線が残る。
「んっ……あ……」
乳首を指先で摘まれ──
「っ……あぁっ……!」
容赦なくひねられた。
痛みが走る。なのに電流のような痺れが、下腹まで落ちていく。
痛い。痛いのに、そこから熱が生まれて、奥がうずいた。
「……こんなので、感じてんのか」
嘲る声なのに、少し震えていた。
自分の言葉に、自分が一番怯えているみたいに。
わかっているのに、やめられない手だった。
彼の手が、スカートを乱暴に捲り上げた。
下着に指がかかり──そのまま裂かれる。布が破れる音まで聞こえた。
濡れているのが、自分でもわかる。
太ももを伝う、ぬるりとした粘液。熱くて、とろとろで。
蓮の指が、そこに触れた。
「……っ」
ためらいもなく、ぬるぬるした溝を撫でられる。
指先がゆっくり割れ目をなぞり、そこを押し開こうとする。
「見ろよ。……もうこんなだ」
苦しむみたいな声だった。
「救いようのねぇ変態だな……俺も、だけど」
そして、指が二本、一気に押し入ってきた。
「ああっ……!」
濡れていても、準備なんてしていない。無理やり押し広げられ、
内側が引き裂かれるようにきしむ。
「狭いな……」
中で指が動く。ぐちゅ、ぐちゅ、と水音が響く。
恥ずかしいのに、その音が、余計に体を熱くする。
「動くな」
腰を押さえつけられる。爪が食い込み、皮膚が悲鳴を上げる。
なのに──腰が勝手に動いて、指を奥まで迎え入れていく。
内側が、彼の指に縋りつく。
「……お前、本当に」
声が震えていた。
「どうしようもねぇ」
指が、急に速度を上げた。
中を擦り上げて、奥を突き上げる。指の腹が、敏感なところを正確に撫で回す。
「あっ……ぃや…ッ……ああっ……!」
子宮が押し上げられるみたいに内側がねじれる。
痛いはずなのに、その痛みが、じわじわ甘く変わっていく。
熱い。体が溶けそうだ。
「もっと声出せよ」
耳元で低く言われ、すぐに耳たぶを噛まれた。
そのまま舌が入り込む。耳の内側まで舐められて、背筋が跳ねる。
そして──
親指と人差し指が、敏感な突起を摘むように挟んだ。
逃げられない角度で、きゅっと細かく力を込められる。
「ああっ……!」
引き伸ばされた突起が、逃げ場もなく擦り上げ続けられる。
刺激に耐えきれなくて、指の下で震える。
「っ......やッ......ぃや......だめ、だめっ……!」
痛いのに、痺れるのに、奥の奥まで、ひっくり返るみたいに跳ねた。
息が詰まって、目の前が一瞬で真っ白になる。
「っ……ぁああっ……!!」
──絶頂の瞬間、指先だけが静かに止まった。
一拍。
ほんの一瞬だけ、痙攣を観察するみたいに掴まれたまま。
そして、そのまま──また力が加えられる。
「……イッ…てるのにっ……うぅああっ……!」
震えて逃げる突起を、強い指が容赦なく捕らえ続ける。
敏感さが剥き出しになったまま、逃げ道がない。
「あ、ああっ……! もう……っ」
「まだ終わりじゃないだろ」
余韻を休ませてもらえない。
絶頂の痺れの上に、さらに痛いほどの快楽が上塗りされる。
視界が白く滲む。体が勝手に跳ねる。息が奪われる。
痛いのか、気持ちいいのか、その境界が溶けていく。
「っ…ああっ……!!ほん……と...だめ……!」
「だめじゃないだろ」
喉が震えて声にならない。
ただ、波に飲まれて、呼吸を奪われていく。
苦しい。
気持ち良すぎて、苦しい。
止めてもらえないまま、またイかされる。
「壊れたいんだろ?」
掠れた声だった。
責めているようで、苦しんでいる声。
「お前が……俺をこうさせたんだ」
ごめんなさい。
そう言いかけた唇は、声にならなかった。
指が抜けた。
糸を引く液が、ゆっくり指についていく。
空気が入り込んで、そこだけ冷たかった。
蓮が、自分のズボンを下ろす。
熱く膨らんだものが、太ももに押しつけられた。
大きい。怖いほどに。
脈打って、先端が濡れている。我慢汁が、肌にぬるりと擦りつく。
「……入れるぞ」
声が震えていた。
次の瞬間、腰が一気に沈んだ。
太くて、固いものが、無理やり押し入ってくる。
入口が引き裂かれる。内側が押し広げられる。骨が軋む音がした気がした。
奥まで──ずん、と。
熱が、中を埋めていく。
「くっ……きつ……」
蓮が唸る。
「お前……こんなに締め付けて……」
体が裂ける。子宮が押し上げられる。
でも、それでも満たされる。
ずっと空いていた穴が、彼で埋まっていく。
脈動が中で感じられる。どく、どく、と。
「……っ……は、あ……」
息が漏れる。
蓮が、ゆっくりと腰を引いた。
ずるりと抜けていく。内側が、逃がすまいと絡みつく。
そして、一気に──突き上げられた。
深いところまで。
「っ……あ、ああっ……!」
子宮口を叩かれる。息が詰まる。
──気持ちいい。
「中……熱すぎる……」
掠れた声。
「俺の形、覚えろよ。
二度と、他の男、入れるんじゃねぇ……」
容赦なく、腰が動き始める。
奥を突かれるたび、体が揺れる。ベッドが軋む。
肉と肉がぶつかる音。ぐちゅぐちゅと濡れた水音。
「はあっ……あっ、あっ……!」
突かれるたび、頭が真っ白になる。
意識が飛びそうになる。
汗が滴る。彼の汗と、私の汗が混ざって、肌が滑る。
背中に回った腕が、強く抱きしめてくる。爪が食い込み、皮膚が裂けそうだ。
痛いのに、その痛みすら愛しい。
──その瞬間、喉の奥で何かがほどけた。
頭の奥に、突然、記憶が浮かぶ。
「ほら、濡れたまんまだと風邪引くぞ」
優しく髪を梳かしてくれた手。温かい風。
「真ん中分けにしないでね」「へいへい」
笑いながら乾かしてくれた、あの夜。
なのに今──
奥を突き上げられて、息が潰れる。
「っ……蓮……」
涙がにじんだ。
「ごめん……なさい……」
「泣くな……」
声が掠れている。
「泣くなよ……お前が泣いたら、俺……」
そのまま、動きが荒くなる。
絶望みたいな強さで、深く、何度も叩きつけられる。
乱暴な摩擦に、粘膜が悲鳴を上げた。
「あっ……やぁ……ああっ……!
きもち……ぃい……もっと、強く……して……」
その言葉に、蓮の体が震えた。
「お前……」
苦しそうに笑う。
「本当に、壊れてる……」
──知ってる。
私が壊れてるせいで、あなたまで壊れた。
「俺も……壊れてる……
お前を手放せねえ……もう、絶対に……」
腰を掴まれ、奥へと無理やり引き寄せられる。
「あっ……んん…ぁああ…だ……だめ……っ!」
同じ場所を、容赦なく、正確に突き上げられる。
何度も、何度も。
視界が白く霞んでいく。
そのとき──
蓮の手が、私の首に触れた。
最初は撫でるだけ。
汗に触れる指が、ゆっくりと首筋をなぞる。まるで確かめるように。
でも、その手が──ゆっくりと形を変えた。
少しずつ、力が加わる。
「……っ」
息が入りづらい。
「息、できねぇだろ?」
「……うん」
「怖いか?」
「怖くない」
その一言で、指がぐっと締まった。
「っ……!」
視界が滲む。喉が熱い。
でも、体は勝手に締め付ける。中が痙攣して、奥がうずく。
酸素が足りない。苦しいのに、気持ちいい。
「お前……死ぬかと思った?」
「……思った」
「でも顔が……俺になら殺されてもいいって言ってる」
息が漏れる。笑った。
「……蓮なら......いい」
その瞬間、手が離れた。
一気に空気が流れ込む。咳き込む。でも、彼の動きは止まらない。
むしろ加速する。狂ったみたいに。
肩に歯が食い込む。
皮膚が裂け、熱が滲んだ。痛い。なのに、腰が浮く。
もっと欲しがるみたいに。
おかしい。私も。彼も。
奥を抉られるたび、子宮が飲み込むように締め付ける。
ずん、ずん、と深く。
「あっ……あああっ……!」
ふと見上げると、蓮の目が赤い。
涙が、一筋だけ落ちた。
「……蓮、泣いてるの...?」
「え……?」
指先に触れた涙に、彼自身が驚いていた。
「俺……泣いてんのか」
「お前のこと……」
掠れた声。
「愛してる……こんな形でも、愛してるよ……」
額が触れる。汗と涙が混ざる。
「優しくしたかった……なのに……もう無理だ」
その言葉に合わせるみたいに、奥を激しく突き上げられた。
蓮が、深く沈み込んだ瞬間──
体の奥が裂けるみたいに震えた。
「あっ……あ、ああっ……!」
視界が白く弾ける。
子宮の奥が、ぎゅうっと痙攣して、勝手に彼を締めつけた。
「っ……く、締めんな……っ」
押し殺した声と同時に──
熱いものが、一気に噴き出すように流れ込んできた。
どく、どく、どく……
脈打つたび、熱が奥に直撃して、子宮が震える。
熱が、内側から溢れて、粘膜が焼けるみたいに熱い。
「......は......ぁ......はあ…」
自分でもわかるほど、内側が満たされていく。
溶けた金属みたいな熱が、奥の奥を押し広げながら流れ込む。
どぷ、どぷ、と奥に流し込みきっても、蓮は抜かなかった。
体を押しつけたまま、腰だけがゆっくり、ぐっと沈む。
中に出した熱が、押し返されるみたいに奥で混ぜられる。
蓮が、肩に顔を押しつけた。
かすれる声が落ちる。
「……ごめん」
泣いていた。
「ごめん……ごめん……」
大きな体が震えていた。
泣かないで。
そう言おうとして、私の方が泣いていた。
「ごめんなさい……蓮……」
「謝るなよ……」
強く抱きしめられる。
まだ、彼の中に繋がったまま。
胸も、首も、肩も、奥も傷だらけなのに
──心だけは満たされていた。
穴が塞がる、ってこういうことなんだ。
歪んで、壊れて、それでも確かに。
これが欲しかった。
「……満足、したか?」
掠れた声に、泣きながら頷いた。
蓮が顔を近づける。
もう、触れるだけなんかじゃない。
逃げ道を塞ぐキス。
唇が押しつけられ、舐められ、噛まれる。
歯がゆっくり立った。
逃げない私を確かめるように噛まれ、
その痕を舐めて塞がれる。
痛みごと、奪われていった。
***
全てが終わって、蓮は私を抱いたまま眠りに落ちた。
腕が強い。まるで逃げ道を塞ぐみたいに。
着崩れたワイシャツの胸元から、荒い呼吸に合わせて汗が滴っている。
私は目を開けたまま、天井を見つめる。
体中が痛い。首も、胸も、肩も、奥も。
それなのに、心だけが満たされていた。
空っぽだった場所が、やっと埋まった。
耳元で、荒い息遣いが続いている。
寝ているのに、苦しそうに眉をひそめている。
そっと、頬に触れた。
──ごめんなさい。
声にしなかったのに、胸の奥で響く。
ほんとうは、何度でも言ってしまいたい。
ごめんなさい。
それでも、こんな私を、こんなふうに愛してくれて──ありがとう。
蓮の腕が、寝返りみたいに強く締めつけてくる。
眠りながらも、私を離すまいとしている。
その執着が、苦しくて、愛しくて、どうしようもなく幸せだった。
外から、朝の光が差し込んでいる。
だけど、この部屋だけはまだ暗い。
まるで、光の方が間違っているみたいだった。
***
最初の夜が明けて、蓮は何も言わずに出かけた。
二日目、帰ってきた彼は、私がまだそこにいることを確認して、少しだけ息を吐いた。
三日目の朝──
出かける前に、蓮が私の手首に金属の輪をはめた。
「……ごめん」
それだけ言って、鍵を持って出ていった。
最初は冗談だと思った。
夜になっても外れなくて、手首だけが冷たかった。
「トイレとか、どうするの?」
「チェーン、長いから」
食事は、彼が買ってきたものか、手作りのものしか口にさせてもらえない。
栄養バランスの取れた食事を、彼が箸で口元まで運んでくる。
「ほら、口開けろ。ちゃんと食わねぇと死ぬぞ」
その手つきは、患者を案じる医者のように優しくて、飼い主のように絶対的だった。
毎日。
朝、出かける前に鍵を指でなぞり、
夜、帰ってきてから、私がまだそこにいるかを確かめる。
テレビでは、クリスマスの歌が流れていた。
恋人のために椅子を買って帰る、そんな内容らしい。
手首の金属がソファに当たって、冷たい音がする。
どこにも行けない私をよそに、その歌だけが続いていた。
外廊下から足音。鍵の開く音。
蓮が帰ってくる。
疲れた顔。落ちた声。
それでも、私を見つけると、少しだけ息を吐いた。
「……ただいま」
「おかえりなさい」
反射みたいに、笑ってしまう。
嬉しくて、苦しくて、どうしようもなく。
ほんとは抱きしめたいのに、手首の金属がそれを許さない。
彼の指先が、私を確かめるように頬をなぞった。
「……いい子だ」
その一言に、涙が出そうになった。
逃げなかった。
鎖を外そうとしなかった。
彼を裏切らなかった。
だから、「いい子」。
褒められているのか、慰められているのか、もうわからない。
ただ、その声が優しくて──胸が苦しかった。
ここより、どこにも帰れない。
【了】
善良なあなたを堕とすまで シソとあん肝 @shiso_to_ankimo
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