ソト・ウワッツラ


 さてその卵。魔女裁判を繰り出すあなたの詰まった卵。そのソトには、ウワッツラには、皮膚かわがあります。その皮膚は鱗かもしれませんし、羽毛かもしれませんし、殻かもしれません。ぶよぶよとした膜かもしれません。


 その卵の皮膚かわは突然にキュポン、と音を立ててずる剥けます。


 キュポン、キュポン、キュポン。


 卵が先かトリが先か。ガチョウの卵かカエルの卵か。将来みらいを秘めた卵か、過去かこを詰めた卵か。イエス復活を意味する卵かもしれない。とにかく、その形状も意味も定かでない卵は、次々とキュポン、と音を立てて皮膚かわをずる剥けさせるのです。


 キュポン、キュポン、キュポン。


 皮膚かわを失い、露わになり赤裸々になった此処ここのあなたも彼処あそこのあなたも彼方あちらのあなたも驚き、慌てふためくことでしょう。そして境界を失った此処ここのあなたも彼処あそこのあなたも彼方あちらのあなたも魔女裁判をすべきあなたを見失い、魔女裁判にかけるべきあなたを求めて航海の旅へ出るのです。

 その旅は混乱を呼び、此処ここのあなたや彼処あそこのあなたや彼方あちらのあなた以外の、ずっとずっと遠くの新たなあなたを巻き込んで、混沌とした困惑をもたらすでしょう。散り散りのすべてのあなたや他のあなたはエントロピーの増大で熱が上がり、スクランブルエッグになるかもしれません。けれども半端に食すのな危険です。カンピロバクターに当たって腹をくだすかもしれません。

 

 とにかく、卵の皮膚かわを失いあなたやあなたやあなたが複雑さを増大させている間、卵の皮膚かわにはなんら変化はありません。


 いち、に、さん。

 一枚、二枚、三枚。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。 

 キュポン、キュポン、キュポン。

 

 卵の皮膚かわを並べてみると、ある皮膚かわはカラカラに乾き、ある皮膚かわはしっとり湿っているかもしれません。すごく大きかったり、とても小さかったりするかもしれません。ごわごわで硬いかもしれませんし、ぶよぶよで柔らかいかもしれません。丸かったり四角かったり。星や三角もあるかも。そのさまざまその卵の皮膚かわはけっして元に戻ったりはしません。命はひとつ。真実はひとつ。剥けたソトでありウワッツラである皮膚かわは、溢れ出てしまったナカミでありウチである、あなたとあなたとあなたを的確に見分けて呼び戻すことはできません。いえ。呼び戻そうともしないでしょう。

 キュポン、キュポン、キュポン。

 また新たに次々と、並べられるだけ。そこにただ在るだけ。

 

 けれどもあなたは違う。

 元は此処ここのあなただったあなたや彼処あそこのあなただったあなたや彼方あちらのあなただったあなたはナカミでありウチであった頃が懐かしくなりホームシックになり、旅の途中で引き返すかもしれません。限られた場所で魔女裁判を執り行う気楽さと安心感に恋い焦がれ、並べられた皮膚かわのもとを訪れるかもしれません。

 ただし――ナカミでありウチであったあなたたちは、ソトでありウワッツラであった皮膚かわを知らない。それはもちろん、すべてのあなたに当てはまることです。乾いていたのか湿っていたのか。大きかったのか小さかったのか。硬かったのか柔らかかったのか。形も色も知りません。

 そうなるとあなたが取る手は裁判ではなく、戦争でしょう。味方も敵もわからない闇鍋の戦争。元は同じウチでありナカミであったあなたであろうと容赦なくあなたは手にかける。ポコン、ポコン、ポコン。融合と消滅、発散と収束を激しく繰り返し、皮膚かわを巡って争います。争って争って殺し合い、皮膚かわを勝ち取ります。

 

 ではどんな皮膚かわがよさげなのか?

 わかりません。

 

 それはあなた次第。あなたの好み次第なのです。あるあなたは溶き卵であろうとするかもしれませんし、あるあなたはだし巻き卵であろうとするかもしれません。トカゲの卵、カモノハシの卵。医者の卵、弁護士の卵。たまごタイムカプセルにイースター・エッグ。あなたがどんな皮膚かわを選ぶかは、あなたが決めることなのです。

 もしかすると選ぶ余裕はないかもしれません。

 あなたたちが戦争をしているあいだも、キュポン、キュポン、キュポン。新たに卵の皮膚かわがずり剥かれ、新たなあなたが溢れ出ます。エントロピーはますます増大してぐつぐつと熱くなり、皮膚かわを取り損ねたり旅にで損ねたりしたあなたは目玉焼きになってしまうかも。だからあなたは何としてでも皮膚かわを勝ち取って被りおおせるか、諦めて逃げ出し、混沌とした荒海を彷徨うかするのです。

 前者では味気ない安心感を、後者は刺激ある不安感を得ることでしょう。そして前者であれば、どんな皮膚かわを選ぶかで日常の当たり前というものが定義される。ふわふわ漂って魔女裁判をするかもしれませんし、がちがち肩を寄せ合って魔女裁判をするかもしれません。後者であれば、流れ着いた先によってその混沌さは定義される。ある場所では目まぐるしく魔女裁判を繰り返して融合と消滅、発散と収束を繰り返す。ある場所では魔女裁判をするあなたがおらず、暇で退屈であくびと昼寝を繰り返す。


 すべては、あなた次第。あなたの選択と、あなたの能力、あなたの運。


 そうしてあなたは、また新たに、此処ここのあなたや彼処あそこのあなたや彼方あちらのあなたとなるのです。


 そうして卵はまた、卵となるのです。

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