幼い記憶 -7-

ある日の…


そう、その日私は幼稚園に行ってなかったので恐らく休日か祝日だったのだろう。


セミの鳴き声が空気の重さを増していた覚えがあるので夏だったかと思う。


その日は朝から男と女は家に居らず、姉はリビングの椅子に座り、テーブルに向かって何かをしていた。宿題かドリルかやっていたのだろう。


テレビが付けっぱなしで子供向けのアニメか何かが流れていた。


私は部屋で寝ぼけた頭を起こしながら窓から見えるあま月白げっぱくのコントラストを楽しんでいた。




突然乱暴に玄関が開く音がしたかと思うと女が勢いよく帰ってきた。


朝に家に帰ってくるとはめずらしいな?と思いながらもぼーっとその様子を眺めていたら、女が私と姉を呼んだ。


二人を呼び寄せると女は座って目線を合わせ


「今からおばあちゃん家いくから準備して」


と言ってきた。


女もカバンに服やタオル、その他生活用品、何かと色々詰めては外に停めてある車に荷物を積み込んでいた。


私も真似して数少ない服や幼稚園のカバン何かを入れていた気がする。


女は一通り荷物を載せると姉には鍋を、私にはフライパンを何故か持たせて女の車に乗せられた。


女は少し玄関先に戻ると何かをして鍵も閉めずに運転席に乗り、すぐに車は動き出した。


私は車に乗って流れる外の景色を見ながら、「おばあちゃん達ってどんな人だっけ???」と思い出していた。多分それまでも何度も会ってるかもしれないが全然思い出せなかった。


車に乗ってる時間はそんなに長くなく30分もすれば一つの一軒家に車が停まる。


そこは小さな二階建ての平屋で正面には松の木が少し生え隣との境目にある生け垣が大きく茂り少し日当たりの悪い家だった。


その家の前にやや老けた男と老年の男女の三人が並んでいた。


私と姉、運転してきた女が車から降りると、三人は近寄ってきて女と抱き合い


「話は色々聞いたでな、大変やったねえ。しばらく居んさい。」


と声を掛け、私達に目線を向け、


「よう来たねぇ、久しぶりだねぇ。」


と笑顔で声をかけてきた。やはり以前会ったことが有るようだ。


ただ、三人の笑顔はひどく薄っぺらい仮面のように感じた。なんとなく居心地の悪さも感じながら、とりあえず会釈だけしておいた。


三人に色々持ち出した荷物を持ってもらい、家に上がる。


玄関を開けるとすぐ二階に上る階段と奥へと続く廊下がありその廊下の左側に仏間、右手には老年の男の仕事部屋、奥へ進むと居間とリビングと台所があった。


荷物も運び入れ、ある程度落ち着くと皆でリビングに座る。


女とその三人がなにかいろいろ話し込んでいるがなんとなく会話を聞いていると、


やや老けた男は女の兄で私達の伯父だと言うのがなんとなく理解できた。


老年の二人はやはり女の親、私達の爺婆で


「ここに居る伯父は昔から勉強が出来て、学校でも一番で…」


「有名大学も出て、公務員で…」


「あの男よりも頭が良くて、気が利いて…」


と男の事を小馬鹿にしながら自分の息子を自慢している婆と、満足そうに頷いてる爺、ドヤ顔してる伯父、泣いてる女。


汚物をぶち撒けたような親戚達の自己満足と罵りが盆踊りしてるこのカオスな空間がひどく気持ち悪かった。


とはいえ他に行くところもないので静かに座っていた。


話が進んでいくと既に二階に部屋を空けてあってしばらく私達と女はこの爺婆ジジババの家で暮らすことになったらしい。


その日の夕飯、私はご飯、味噌汁、煮豆とコロッケと野菜のサラダ。久しぶりのマトモな人間らしいご飯が食べれてとても幸せだった。私は喜んで食べていたが、姉は済まし顔で食べていた。あまり嬉しくなかったのだろうか?


その後、女たちは酒を飲みながら遅くまで語りはじめたので、私達は婆に連れられ部屋に行く。


そこは10畳くらいの畳の部屋で大きなタンスと日本人形、上には書額しょがくが飾られ、大きな窓もあったが生け垣の木に遮られて空は見えなかった。


畳の香りの中にホコリ臭さもありしばらく使われてなかったであろう部屋には布団が3つ敷かれていた。


ちゃんと布団で寝るということもあまりなかったので敷布団の過剰な柔らかさと隣で寝息を立ててる姉の存在。その違和感のようなものに包まれて非情に寝心地は悪かった。


しかし人間、案外鈍感なもので気がついたら朝になっていた。


目を覚ますと女は既に家に居らず、婆が朝ご飯の準備をしていた。


食卓にはご飯と味噌汁と納豆、漬物。


毎食、ご飯が食べれる嬉しさを私は噛み締めていた。


ご飯を食べ終わると伯父が


「食べ終わったら必要なものも色々あるしちょっと出かけようか」


と外出に誘われた。


そのまま姉と車に乗り、着いたところは商業施設。子供服の店で普段着と肌着を数着買う。合間に本屋とおもちゃ屋に寄り、私には大きな容器に入ったレゴブロックを、姉にはなにか本を買って貰った。


幼稚園にもレゴブロックは有ったがあくまでも園のモノで共用のおもちゃだった。それが私だけのものである事が嬉しかったと同時に、壊しにくいブロックよりも崩れるがゆえに美しい積み木のほうが良かったな…と失礼な事を思ったりもした。


姉が伯父に御礼を言ったので、私も無言で頭を下げる。その当時、私はうまく御礼も言えない子だった。


その後も何件かお店を周り、アイスクリーム屋に向かう。


買って貰ったアイスは、環境は変われど変らず嬉しさと幸せの味がした。


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