学園祭

エス

学園祭



 彼の変化は突然だった。


 高校三年生の一学期まで、他人との関わりはほとんどなかった。決して孤独なわけではなく、四人組のグループの一員として休み時間や昼食を共にする友人くらいはいたし、会話の話題に困るようなこともない。傍から見れば仲の良い四人に映るはずだ。


 だが彼は知っていた。自分以外の三人は学校外でもよく会っているということを。自分を除いた三人のグループチャットがあることを。時々、会話の端に三人だけが知っている話題が出てくる。そういうとき、彼は寂しくなるのと同時に「仕方ないな」と思うのだった。


 彼は友人に限らず、他人に拒絶されることを恐れていた。自ら話しかけに行って流されたり無視されたりすることを必要以上に怖がる。拒絶されるくらいなら孤独になることを望むタイプであった。当然学校でのイベント、球技大会や体育祭、合唱祭などへも積極的に参加したことはない。最低限怒られないギリギリのラインで目立たないように立ち回っていた。


 彼が六月にある自分の誕生日を迎えた日、彼のクラスでは学園祭の出し物を何にするか決める投票が行われた。彼は自分でも何に投票したか覚えていないほどいい加減に投票し、結果的にお化け屋敷が最多票を集めていた。目立つグループの男子も女子も大喜びしている様子を彼は眺める。ふと彼が横を見ると、学校では一緒にいる他の三人が投票結果へ興味のなさそうな視線を投げかけていた。


 そして七月。クラスの出し物の準備をするため、夏休み中にも何日か集まって作業をしようという話になっていた。


 この日から彼は変わった。


 集まりの初日、彼は一番に教室へ入った。待っていると次々とノリのいい中心グループの男女が集まってくる。最終的には半数近い十数名が集合した。彼の友人三人は来ていない。


 実行委員が話し始める。まずは教室のレイアウトをどうするのか、必要なものは何か。クラスの陽気な男子たちが茶々をいれながらも適度に内容を詰めていく。彼も最初のうちは黙っていたが、女子に意見を促されたため、思い切って発言した。


「机とかを上手く使って、一部だけでも二階建てにできたら面白いんじゃないかな」


 彼は他の人たちに現実味がないと却下されるかと思っていた。しかし、クラスメイトの多くが「面白そう」「それなら最優秀賞取れそう」などと賛成を示し、彼の案も取り入れられることになった。そのまま教室のレイアウトや必要なものが決まり、次に集まるときは家にあるものを持ってくるという話で初日を終える。


 二度目の集まりはメンバーが少し減り、十名ぴったりとなった。彼は気にすることなく衣装づくりや小道具の作成に勤しんだ。ときどき他のクラスメイトに褒めてもらったり、お菓子をもらったりする。休憩中は男女やグループなど関係なく会話をする。それほど捗ったわけではなかったが、着実に準備は進んでいた。


 三度目の集まりは七人だった。来なかった人たちは受験のために予備校へ通ったり、高校最後の夏をカップルで満喫したりしていると聞いた。彼は人数が減ってきたことに対して特に何も思わない。


 ただ彼は高校三年生最後の学園祭で、自分のクラスの出し物をいいものにしたかった。当たり障りなく、何も成し遂げることもなく高校生活を終えたくない。その一心で学園祭の準備を行っていた。


 四度目は彼一人だった。実行委員も来ていない。彼は教室で作業せず、近くの工場などをいくつも回って、廃材やボロ布などを集める。場所によっては大きな板をもらったり、未使用の暗幕をただで譲ってもらったりした。その都度教室に寄り、道具を増やしていく。日が暮れるころには十分な量の材料が教室の端に置かれた。


 五度目は彼と女子ひとりの二名である。しかし女子は一時間もしないうちに「用事を思い出した」と言って帰ってしまった。彼は自分と二人きりだと気まずいんだろうなと察して、優しく見送る。そうしてひとりで黙々と作業を続けた。


 夏休み最後の集まりとなる六度目。彼が教室に入ると女子がすでに八人集まっていた。前回すぐに帰ってしまった女子もいる。その女子が彼に近づいて話しかけてきた。


「ごめんね。前は気まずくて帰っちゃったの。でも帰ってからすごく悪いことしたなって思ってさ。で、今日友だちを誘ったら皆来てくれたの。本当にごめん。これから一緒に頑張ろ」


 彼は驚いていた。女子が来てくれたことに対してではない。あまりにも素直に謝り、自分の非を認め、リカバリーのために自ら行動したことに対してである。


 彼は自分自身のことを話せない。話さないのではなく話せない。自分が悪いのなら尚更だ。フォローなんて考えもしないだろう。こともなげに謝り、そのフォローをしようと友人を集めてくれた彼女は彼にとってとても大人に見えた。


「うん、上手く言えないけどすごく嬉しいよ。頑張ろう」


 彼も彼なりに自分の気持ちを正直に伝える。そうしないと自分がひどく失礼な奴になると思ったからだ。女子は親指を立てると、友人たちの元へ戻っていった。その後は会話もほとんどなかったが、順調に進んでいった。


 夏休みが明け、九月になると、登校してきたクラスメイトたちは「すげー」や「こんなにできてるんだ」など、教室に置かれた学園祭の備品に興奮していた。教室は授業で利用するため、お化け屋敷の組み立てができるのは自由登校となる学園祭三日前からである。それまでは残った小道具の作成をするのみだ。


 九月からは手伝う人が圧倒的に増えた。毎日半数以上のクラスメイトが残っている。数名は手伝いもせずただ駄弁っているだけだったが、放課後は毎日賑やかだった。


 学園祭三日前、自由登校の日になると更に手伝いをするクラスメイトが増えた。毎日三十人近くが集まる。それと同時に彼に話しかけてくる人が増えた。「これはどこに置けばいい」「釘はどこにあるの」「ここは何色がいいかな」などと尋ねてくる。その度に彼は自分の意見を控えめに述べつつも、本人がやりたいことをやればいいという風なことを答える。そうして皆で手分けして材料を組み立て、装飾を施して完成させていった。


 学園祭当日、ついにお化け屋敷はオープンした。他のクラスより明らかに凝った作りで、外観だけでなく中身も作り込まれている。その完成度の高さから彼のクラスのお化け屋敷はたちまち評判になった。彼はお化け役や驚かせ役、お客の勧誘などを積極的に行った。クラスメイトが休憩していいよと言ってくれたにも関わらず、「お化け役のが楽しいから」と断る。結局彼は学園祭中どこも回ることなく、お化け屋敷の仕事のみを行っていた。三人の友人たちは「一緒に回ろう」と誘ってくることもなかった。


 学園祭が終わった。


 結局この年は学園祭実行委員会の取り決めで「みんなの出し物で優劣をつけるのは良くない」ということなったらしく、グランプリの発表はなかった。クラスメイト達は「絶対うちが一番だった」「何で今年に限ってグランプリがないんだよ」と口々に文句を言い合いながら片付けをする。彼はそれらの会話を聞きながら黙々と装飾物を剥がしていた。


 その後、彼の高校生活に少しだけ違いが表れる。これまで一緒にいた他の三人とはあまり話さなくなり、代わりに学園祭で絡んだクラスメイトたちとの会話が増えた。特に仲良くなり、つるむようになったわけではない。今までより皆が話しかけてくれるようになっただけである。昼食はひとりのときもあればたまにどこかのグループに呼ばれることもある。その程度だ。


 総合すると彼は今までよりも孤独になった。


 だが彼は知ることができた。目の前のことに全力で取り組むことのすばらしさを。誰かと親密になれたわけでもない。グランプリで表彰されたわけでもない。特筆するほど褒めてもらったり認めてもらったりしたわけでもない。それでも彼は全身全霊で行動することの充足と成長を知ることができた。


 彼は今日も胸を張って学校に行く。

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学園祭 エス @esu1211

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