第4話:曖昧な境界線

画面には、まだ完成していない短編小説が表示されていた。




タイトルは「窓辺の記憶」。


主人公は30代の女性で、古いアパートの窓辺に立ち、かつて暮らしていた街の風景を思い出すという内容だった。




黒柳はゆっくりとスクロールしながら読んでいった。


日向は黙って待った。


部屋は静かで、キーボードのかすかな音と、外から聞こえる車の音だけが響いている。




数分後、黒柳は顔を上げた。


「いやぁ……非常に美しい文章ですね」


「ありがとうございます」


褒められたことに素直に安堵したのも束の間、鋭い質問が投げられた。


「この文章のどこまでがあなたの言葉で、どこからがAIの言葉ですか」




日向は呆然と画面を見つめていた。


「わからない」なんて言ったら何と言われるのか、しかし適当な嘘をつくのもまた違うと感じる。


日向は、嘘偽りない素直な気持ちを、伝えることにした。




「……正直に言うと、もうわからないんです。AIが出してきた文章を、僕が書き直して、またAIに投げて、また書き直して……。そうやって何度も往復しているうちに、境界線が見えなくなってしまいました」




「AIとの協働が進むほど、“自分の声”がどこにあるのかがわからなくなる。そして、それが不安を生む。それは、堂本さんのようなクリエイターの多くが感じていることです。」


日向は黒柳の言葉に、何かを見透かされたような感覚を覚えた。




「でも、安心してください。法的には、まったく問題ありません!」


黒柳は続けた。


「あなたはAIを適切に利用し、編集のプロセスを経て、作品を完成させている。それは創作の一形態として認められているものです」


日向はほっとした。しかし同時に、何かが満たされない感覚も残った。




「では……何のために、ここに来たのですか?」


黒柳は眼鏡を外し、レンズを拭いた。


「法ではなく、“あなた”に問いたかったんですよ」




彼は眼鏡をかけ直し、日向を真っ直ぐに見た。


「堂本さん、あなたはこの物語の”声”が、誰のものだと考えていますか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る