第2話 次は俺の番なのか
「ジュリアス! 早く、下がれ!」
斬り捨てた敵の体液の臭いでえづきそうになりながら、レイストはジュリアスの背に向かって叫んだ。
「お前に言われたくない! 俺だって、やれるんだ!」
ジュリアスは全く下がる素振りを見せなかった。
レイストとジュリアスは今、最前線にいる。
目の前にいるのは『ヴェイン』が5体ほど。
『ヴェイン』たちが現れ、人を襲うようになってから3年が経つが、その生態についてはまだ未解明の部分が多い。
「血の匂い」に反応する習性が強く、前線で怪我をしたら最後、集中攻撃を浴びてたちまち肉塊と化してしまった仲間を何度も見てきた。
「ジュリアス! いい加減に……! あっ!」
レイストがジュリアスの肩を掴んで下がらせようとした時だった。
ジュリアスはレイストのその腕を引き込むと、ぐいっと振り回して、自分は反動で体を入れ替えた。
レイストはぐらりと態勢を崩し、ジュリアスと『ヴェイン』の間に体を投げ出す形になる。
「レイスト、悪いな。死んでくれ――」
「なにを……? ぐわぁ!」
瞬間、レイストの肩に痛みが走る――。そして流血。
(まずい! 血が――!)
「ジュリアス! 貴様ぁ!」
叫ぶレイストだったが、ジュリアスはすでに駆け出していた。
(くそっ! アイツ、これを狙ってやがったのか――!)
キチキチキチ……。
ギャギャギャギャ……。
『ヴェイン』の奇妙な鳴き声が迫る。
肩から流れる血に反応した『ヴェイン』が2匹、口を大きく開けて襲い来る。
口の中にはいくつもの突起があり、それは牙なのか、消化器官なのか何かはわからないが、恐怖を与えるには充分すぎる形状だ。
レイストは咄嗟に一匹の口に剣の先端を押し込み、そのまま貫く――。
瞬間、そいつはぐたりと倒れ、レイストにのしかかってきた。レイストはこれを盾として利用しつつ、2匹目の牙を避けると、ぐいと死体を押し倒す。
死体に噛みついたままの『ヴェイン』の頭頂部がレイストの目前に露になった瞬間を逃さず、そこに迷わず剣を突き立てた。
これでかろうじて2匹を退けたがここまでだった。
残りの影が左右から襲いかかってきて、レイストの足に噛みついた。
全身に激痛が走る――。
ぐわぁ――!
と、思わず大声を上げた時、味方の救援がようやく到着する。
ずるずると両脇を抱えられて引きずられるレイストは、そのさなかに気を失ってしまった――。
******
それでもまだレイストは生きていた。
足もそのまま付いている。が、痛みのせいか感覚がない。指先が動くのは確認できているし、救護班の治癒術師も、足は治ると言っていた。
(ダリル……、俺はまた生き残ってしまったよ――)
兵舎の救護室の天井を見上げながら、レイストは亡くした友のことをまた思い出していた。
あれから3年――。
この世界のなにもかもが変わってしまった。
あの日、夜通し駆け続け、息も絶え絶えに王城区へと辿り着いたレイストは、その場で衛兵隊に保護され生き延びることができた。
その後、養護施設で2年暮らし、16になるのを待って、王立軍へと入隊し、1年が過ぎている。
ジュリアス・テーラーは、同期で入隊した同い年の男だ。
前々からアイツの視線は気になっていた。あれは、妬みだったのだろう。
「アイツさえいなければ――」という思いがあったのかもしれない。あの男もなかなかの剣の腕前だったが、レイストの天稟には全く届いていなかった。
(まだ俺の番は来ないようだ……)
ジュリアスも無事らしい。部隊長が一度見舞いにやってきて、結果的に、お前が盾になったおかげで、部隊員全員が無事に帰還していると言っていた。
因果応報――か。
自分自身が犯した「過ち」は必ず自分に戻ってくると、誰かが言っていた。誰がそう言ったかは知らないが、おそらく真理だろうとは思う。
そのうち「俺の番」が回ってくる――。
毎晩のようにあの日の光景が悪夢となって襲ってくる。
ダリルの無残な姿が今も脳裏から離れない。
ダリルへの贖罪?
そんなつもりではないと思う。もしそうなら、生きようと藻掻きはしないだろう。
レイストは自身の中に矛盾を感じている。
剣を握って『ヴェイン』の前に立てば、ただ、生きるため、相手を駆逐するために剣を振るっている。
(俺はどうしたいんだろうな――。ダリル、お前はどう思う?)
答えが返ってくるはずもない友に問いを投げてみる。
レイストの中のダリルは、ただじっとこちらを睨んだまま語らない。
表情ひとつ、変えもしない。
(わかってるよ、ダリル。ああ、良く分かってる――)
そうしてまた、レイストは暗い悪夢の中へと沈んでいった。
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