『寂しい人』第六章

鈴木 優

第1話

    『寂しい人』第六章

                鈴木 優


 その週末、ふたりは約束通り、公園で待ち合わせをした。


 彼が先に着いて、桜の木の下にあるベンチに腰を下ろすと、風がそっと花びらを舞わせた。


 やがて、彼女がゆっくりと歩いてきた。

 淡いベージュのコートに、白いスカーフが揺れていた。


『お待たせしました』


 彼は立ち上がり、微笑んで頷いた。


『いえ。ちょうど、桜がきれいだなって思ってたところです』


 ふたりは並んで歩き出した。

 公園の小道には、親子連れや犬の散歩をする人たちが、静かに春を楽しんでいた。


 彼女は、ふと立ち止まり、空を見上げた。


『...母が退院したら、一緒にこの桜を見に来たいって思ってたんです』


 彼は、彼女の横顔を見つめると、その目には、少しだけ涙がにじんでいた。


『きっと、喜ばれますよ。来年も、再来年も、桜は咲きますから』


 彼女の顔は、少し笑みを浮かばせていたが、そこには決して誰も知らない寂しさが滲んでいたように見えた。


『...そうですね。そう思えるようになったのは、あなたのおかげかもしれません』


 ふたりの間に、また静かな沈黙が流れたが、けれどそれはもう『寂しさ』ではなく、『寄り添い』だった。


 ベンチに戻ると、彼女はバッグから、あのノートを取り出した。


『続きを書いたんです。よかったら、また読んでください』


 彼は、そっと受け取りページをめくると、そこにはこんな言葉があった。


『..寂しさ..は、誰かと分け合うことで..やさしさ..に変わる。

 そして、..やさしさ..は、また誰かの..希望..になる。』


 彼は、ページを閉じて、深く息を吸った。


『この言葉、きっと、誰かの心を救いますね』


 彼女は、少し照れたように笑った。


『まずは、あなたの心に届けばいいなって、思って書きました』


 そのとき、風がふたりの間をすり抜け、桜の花びらが舞い上がった。


 彼は、そっと手を差し出した。


『来年も、ここで桜を見ませんか』


 彼女は、迷いなくその手を取った。


『...はい。ぜひ』


 春の午後は、まだ終わらない。

 ふたりの歩幅が、静かに重なっていく。


 

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『寂しい人』第六章 鈴木 優 @Katsumi1209

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