光の先にあるもの(完全版)
はこみや
逃げ場
私の名前は箱宮みより。高校二年生。
親はいない。物心ついたときから施設で育ったけど、そこも地獄だった。職員の「指導」と称した平手打ち、夜中に布団に放り込まれる冷水、ちょっとでも反抗的な態度を見せたら髪を引っ張って壁に頭を打ちつける。それが日常だったから、高校に入って一人暮らしを始めたとき、初めて「静けさ」を知った。でも静かすぎて、逆に怖くなった。学校も同じだった。
教室に入ると、すぐに視線が刺さる。最初は無視されてただけだったのに、ある日、私が持ってた旅行のパンフレットを「キモい」と笑われたのがきっかけで、すべてが変わった。「また一人で旅の妄想してんの? 親に捨てられた子は現実逃避しかできないんだね」
椅子を蹴られ、教科書をトイレに流され、靴箱に生ゴミを入れられる。
上履きは毎日ビニール袋に入れられてゴミ箱行き。
髪を引っ張られながら「施設の子って臭いよね」と言われ、シャンプーごと頭からぶっかけられることもあった。
スカートの中に虫を入れられ、暴れて泣いたら「汚ねえ」と蹴飛ばしてやる」と言って本当に蹴られた。
肋骨が軋む音がした日もあった。痛みで息ができなくて、床に這いつくばってると、誰かがスマホで撮ってた。でも、私にはひとつだけ逃げ場があった。月に一度の「旅サークル」って名前の、ゆるい集まり。
参加者は十人ちょっと。大学生や社会人もいるけど、高校生も数人。
みんな旅が好きで、写真が好きで、誰とも深い関係にならなくていい距離感が心地よかった。その日曜の朝、いつもの待ち合わせ場所の駅前広場に着くと、知らない男の子が手を振ってきた。「あ、箱宮さん? 俺、尼崎天狼。今日から参加させてくださいって、管理人の人に聞いたんだけど」少し背が高くて、黒髪で、目が優しい。
制服じゃない私服の日だったから、彼は白いシャツに薄いカーディガン。
なんか、すごく普通の人だった。「え、あ、うん……よろしく」私はびっくりして、声が裏返った。その日の行き先は奥多摩。
電車の中で隣に座った彼は、ずっと外を眺めてた。
私はスマホを握りしめて、誰とも目を合わせないようにしてた。「箱宮さん、写真撮るの好き?」突然話しかけられて、肩が跳ねた。「……うん、まあ」「俺も。フィルムカメラ持ってるんだ。デジタルもいいけど、なんか現像するまでのドキドキがたまんなくて」彼は笑った。歯が白くて、えくぼができた。それから、ずっと旅の話をしてた。
行きたい場所、撮りたい景色、変な失敗談。
私はほとんど喋らなかったけど、彼は勝手に喋ってて、でもそれが全然嫌じゃなかった。帰りの電車で、彼が言った。「LINE、交換しない?」私は一瞬で固まった。
施設で育った子は、連絡先を教えると後で厄介なことになるって、身体が覚えてる。「……ごめん、LINEはちょっと」「そっか。じゃあ、Xかインスタなら?」それなら、と思った。
距離が保てる。ブロックもできる。私は、震える指でインスタのアカウントを教えた。「ありがと。また来月ね、箱宮」彼はそう言って、笑った。その夜、フォローリクエストが来た。
プロフィールには「旅する高校生」とだけ書いてある。私は、震える手で承認した。これが、私と尼崎天狼の、最初の出会いだった。
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