防具専門の鍛冶師~異世界に転生して35年。隠居生活をすると決めたのに、今さら没落した元悪役令嬢がやってきて手放してくれないんだが~
わんた
第1話 避けていたのに悪役令嬢が近づいてくる
35年前に妹が遊んでいた乙女ゲームの世界に転生してしまった。悪役令嬢や王子様が登場するストーリーらしいのだが、俺はプレイをしたことがなく話を聞いたぐらいなので、細かいことは知らない。
実は主人公があくどいことをしていて公爵令嬢に罪をなすりつけ悪役にさせた、といった話を聞いた気もするが、転生してから時間が経ち過ぎて記憶は曖昧だ。
また主人公たちとは別の街に生まれたので、特に関わるようなことはせずに過ごしていく。
両親が死んでからは生活費を稼ぐために冒険者となり、十分な成績と資金を蓄えると、新しく覚えた鍛冶師のジョブについて店を開き……大成功してしまった。
これが俺の人生を狂わせてしまう。
貴族からも依頼されるようになってしまったのだ。
俺は武器を作らないと決めていたのだが、それが理由で豪商や貴族からと脅されることが増えてしまい、命の危険も感じることが増えてきた。
そんな時、冒険者時代のパーティメンバーだった夫婦が死んで、9歳になる娘が残されたことを知る。財産はなく引き取ってくれる親切な親戚もいないので、彼女は路上で暮らすか運良く孤児院に入るか、そのぐらいの選択肢しかなかった。
残された娘――リリィとは知らない仲じゃない。「一緒に暮らすか?」と声をかけてみると、泣きながら抱きつかれてしまう。
その時、俺の心に出てきたのは、恐らく父親としての愛情だ。
必ず守ってやると誓う。
死んでしまった仲間の面影が残るリリィを大切に育てようと決めたので、まずは俺の脅してくる貴族たちとお別れしなければならない。
自分を死んだことにして、誰にも告げず住んでいる街を出て行くと、宿場として昔に流行っていた廃れた街に住む。
この作戦は上手くいって、俺を囲い込んでこようとしてきた貴族から逃れることに成功した。
今は防具専門の鍛冶師として、悪役令嬢たちとも関わらずリリィを育てながら細々と暮らしている。
◇ ◇ ◇
作業場に入った俺は、金属の塊をテーブルに置いて立っていた。
「今日はラウンドシールドを作るか」
この世界の鍛冶は炉を使わない。
金属の塊に手をかげて魔力を放出すると、鍛冶師ジョブのスキルの効果によって光る糸が出てくる。一部が金属の塊に入り込んでいくと、粘土のように柔らかくなった。
マリオネットのように光の糸を操作して金属の塊を円形状に薄くのばして、丸みを持たせる。
この作業は魔力放出しながら行うので、意外と難しい。鍛冶師のジョブに就いたからって簡単にはできないのだ。熟練度を上げていく必要がある。俺は10年かけてやっと一流と呼べるレベルまで来た。
形が整え終わってラウンドシールドになっても作業は止めない。さらに魔力を込めていくと磨いたように綺麗になり、強度も飛躍的に上がっていく。
このタイミングで別の魔法文字を刻んでエンチャントすることもできるけど、店に置く量産品なのでそこまではしない。
魔力放出を止めて作業を終わらす。
作業時間としては10分ちょっとだろうか。ラウンドシールドが完成した。裏側には握る部分もあって、すぐにも使える。
「ふぅ~、肩が凝った」
30も半ばをすぎると若いときと同じようにはできない。体全体を伸ばしてこりをほぐしていく。
軽い痛みが取れると、ラウンドシールドを手に取ってコンコンと叩いて強度を確認しつつ、ひび割れといった欠陥がないかも見ていく。
うん、問題なさそうだ。これなら命を預けるに相応しい。
満足する出来だったので、ラウンドシールドを片手に持って作業部屋のドアを開けて、つながっている店に出た。
カウンターには店番を頼んでいた天使と見間違えるほど可愛いリリィと、近所にいる初老の男――ロディックが話している。
竜人族であるリリィの側頭部には二本の角が生えていて、お尻辺りから赤い鱗に覆われた尻尾が生えている。髪も赤いので活発的な印象を与えてくれた。
「パパ! おじさんがクッキーをくれたんだけど、食べてもいい?」
クッキーを早く口に入れたいのだろう。
尻尾は横にぶんぶんと振られていて、許可待ちの状態だ。
その仕草が愛らしい。リリィのためなら命すら惜しくないと思える。彼氏を紹介された日には、絶対に俺と同じ覚悟があるか絶対に試してやるからな。
「それ、お高いクッキーですよね。いいんですか?」
「リリィちゃんのためだ。気にすんな」
「ありがとうございます」
人口は減り続け廃れてしまったため、子供を持つ家庭は珍しい。
小さなリリィは地域のアイドル的な立ち位置で、特に中高年からの支持が厚い。初老にさしかかったロディックもそのうちの一人だ。
出会った時からいろいろと面倒を見てくれているんだよな。近所の人たちに俺とリリィが馴染めるよう手を尽くしてくれた恩人でもある。
おっさん一人だけなら、こうはいかなかっただろう。リリィとロディックには感謝の気持ちしかない。
「ということで、食べてもいいよ」
「わーい!」
許可が出るとリリィはクッキーを口の中に入れて、幸せそうに食べている。
両親が死んだときのような悲しそうな顔はどこにもない。悲しみを乗り越えるほどの幸せを感じてくれているのであれば、子育てに悪戦苦闘した甲斐がある。一緒に住んだ当初はずっと泣いていたから、子育ての経験がない俺は本当にどうすればいいのかわからなかったんだよな。
昔のことを思い出しながらカウンターの裏から店内に移動すると、出来たてのラウンドシールドを棚に飾る。
「新しい代官が来るって話を聞いたか?」
突然、ロディックから声をかけられた。
代官とは領地を持つ貴族の代わりとして街に住んで税の徴収や治安維持、法関連を司る事実上のトップだ。
この世界では、家を継げなかった貴族の子供が着任することが多いらしい。
「初めて聞きました。どんな人なんです?」
「公爵令嬢らしい。王族との婚約を破棄されたうえに、見せしめとして終わりかけの街の代官にされるんだとさ」
聞き覚えのある設定に、ラウンドシールドを飾っている手が止まった。
古い記憶が突如として蘇る。
ヒロインとの決闘に負けた悪役令嬢は追放されて、とある街の代官になるシナリオだったのを思い出したのだ。
冒険者として培ってきた勘が、巻き込まれるぞと教えてくれる。外れてくれることを祈るばかりなんだけど、多分難しいだろう。
「名前は知っています?」
「お貴族様の名前なんて知らん!」
「ですよねぇ……」
着任しているならともかく、これから来る貴族の名前なんて普通は知らない。
ロディックの反応が普通だ。
「あんまり期待できねぇ経歴だが、代官として上手く立ち回ってくれることを期待しているぜ」
「俺もですよ」
衰退している街だから、ロディックは変化を求めている。
新しい風が吹いてくれることを期待しているのだ。
それは俺も同じなんだけど、悪役令嬢――クラリッサ・ローゼンベルクであったら非常に困る。理由ははっきりとしていて、悪魔と契約して街を巻き込んだ反乱を起こすからである。確か王妃の協力も得て、かなりの勢力になったはずだ。
あれ? 協力じゃなく、王妃の命令だったかな……それとも操られて……うーん。この辺は記憶が曖昧だ。
まあ経緯はともかく、重要なのは結果である。
ヒロイン率いる国軍に滅ぼされて終わるのだが、その際にクラリッサが代官をしていた街は滅ぼされてしまう。悪魔が自爆をするので生き残りはいなかったはずだ。
身分を隠した俺やリリィを受け入れてくれた街が巻き込まれるのは困る。
ロディックを含めて恩人が多いのだ。おっさんになったからこそ、人との良縁が人生の宝だというのはわかる。
名もなき防具屋として過ごしていく予定だったけど、場合によっては積極的に動いてシナリオを破壊しなければならないだろう。
可愛いリリィが最優先なのは変わらないが、この街で生きる住民として、できる限りのことはしてあげたいと思っていた。
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