大怪獣なんだけど質問ある? え、東京で暴れてる怪獣? それは元カノ

Nシゴロ@誤字脱字の達人

第一話:正妻カメコと守護神な関西弁怪獣

1945年8月11日、


太平洋戦争終結まであとわずか数日。敗戦の色が濃くなる日本列島の空は、鉛色に重く垂れこめていた。


二日前の8月9日、広島に原爆が投下された。そして、二発目の原爆を積んだB-29爆撃機「ボックスカー」は、本来の歴史を辿ることができなかった。


巨大な影が日本の歴史に介入したからだ。


8月9日、午前6時、大阪湾


大阪湾の岸壁に立っていた老漁師の辰造は、遠くの海面に尋常でない波紋が広がるのを見ていた。それは台風や潜水艦が起こす波とは、明らかに規模が違った。海の底がそのまま持ち上がるような、途方もない水の壁だった。


「なんや……なんや、あれは……」


ごぼごぼ、と海面が沸騰するように泡立ち、水蒸気の白い靄が立ち込めた。その中から、巨大な影が、ぬっと姿を現した。


まるで、太古の恐竜がそのまま巨大化したような姿。ごつごつした暗緑色の皮膚は、戦艦の装甲よりも分厚く見えた。口元には鋭い牙が並び、その背中には、熱線兵器を思わせる無数の突起が整然と並んでいた。


体長は推定100メートル超。それが、大阪の海から、ジーレックである。


日本軍は、その信じがたい光景に瞬時に対応した。 「ジーレック」という呼称が広まる前は、人々はそれをただの**「巨大生物」**として認識するしかなかった。


「総員、巨大生物を攻撃せよ!これ以上の内陸侵入を許すな!」


大阪湾沿岸に駐屯していた部隊は、持ちうる全ての兵力をジーレックに浴びせた。九七式中戦車の砲弾、対空砲、高射砲。それらは、彼の分厚い皮膚に当たると、石つぶてがぶつかったかのようにカチンと小さな音を立てて弾かれた。


ジーレックは気にする素振りも見せず、ただ九州へ向かって歩を進めた。


「なんや、騒がしい連中やな。大阪やからって騒がしすぎや! ええタコ焼きも焼けへんやろがい」


人間には聞き取れないほどの小声で、彼は独り言を言った。


しかし、その目は目的を捉えていた。ジーレックは、西へ、西へと足を向けた。大阪から神戸を抜け、瀬戸内海沿岸を猛進する。


彼の足跡は、日本の歴史上で最も迅速な**「行軍」**となった。彼の目的地はただ一つ―――長崎。


8月11日、午前10時58分、長崎上空数、


アメリカ陸軍航空軍のB-29爆撃機「ボックスカー」は、長崎の最終ターゲットに向けて、高高度を順調に飛行していた。機長のフレデリック・C・アッシュワース少佐は、無事に任務を遂行することだけを考えていた。


その時、機体外部の温度計が異常な高熱を検知した。


「なんだ、外で何が起きている!?」


副操縦士が叫ぶ。その直後、巨大な熱の奔流が、B-29の機体に向けて、下から突き上げてきた。


それは、遥か下方の雲の切れ間から放たれた、白熱した放射線熱線だった。


ジーレックは、日本の陸地を駆け抜け、長崎の手前の海上までたどり着いていた。彼は上空の銀色の鳥を、はっきりと認識していた。


「えろうゴッツイ鳥やな、あれが爆弾落としたんやろ? 今カノの地元に、爆弾落とさせるわけにいかんのや!」


ジーレックは、渾身の力を込めて、その口から熱線を放った。


ドォオオオォン!!


爆音と閃光が空を裂き、B-29「ボックスカー」は、搭載していた核爆弾を投下することなく、空中で爆発四散した。


人類の歴史は、この一瞬で、わずかに、そして決定的に歪められた。


ジーレックは、空が静寂を取り戻したのを確認すると、安堵の息を吐き、口元をわずかに緩めた。


「フゥー。これで一安心やな。これで、ワイのカノジョは、今日も安心してタコ焼き屋でバイトできるやろ」


彼の個人的な愛情が、世界を救った瞬間だった。


ジーレックは、そのまま海中深く潜行し、彼の定位置である大阪湾へと静かに引き返していった。彼の出現は、その後の歴史において**「終戦を早めた最大の要因」**として、民衆の間で語り継がれていくことになる。




1945年8月11日、午後2時、関門海峡


長崎上空で核の脅威を退けたジーレックは、その巨体をほとんど水面下に沈め、高速で関門海峡を東へと進んでいた。彼にとっての緊急事態は去り、故郷の大阪湾へと急ぐ、ただの「帰路」だった。


「これで心置きなく、夜はカノジョに会えるやろ。あいつ、タコ焼き屋の仕事、大変や言うてたからな」


ジーレックが鼻歌交じりに進んでいると、海峡の真ん中で、突然、奇妙な静寂が訪れた。海面に、不自然なほど波が立たない領域が出現したのだ。


そして、上空からけたたましい轟音と共に、一機の特殊な水上機が低空で急接近し、海上に着水した。その機体の側面には、日本の軍用機とは異なる、威厳のある紋章が描かれていた。


ジーレックは不機嫌そうに頭を水面から持ち上げた。


「なんや、せっかく仕事終わったっちゅーに、また鳥か? 邪魔すなや」


水上機から降りてきたのは、数人の軍服の男たちだったが、彼らの中心には、小柄で、しかし天地を動かすような威厳を全身から発する人物が立っていた。それは、やんごとなき一族の、当時の最高権力者、陛下その人であった。


この緊急事態のために、陛下は、側近と共に極秘裏にこの地へ向かわせたのだ。


ジーレックは、その人物の纏う空気に、本能的な「何か」を感じ取り、足を止めた。


側近の一人が、拡声器を構え、震える声で呼びかけた。

「巨大生物……失礼、ジーレック。陛下が、直接、あなた様との対話を望まれています。お願いでございます。陛下に、お顔をお見せ願えますか」


対話。


ジーレックは、その言葉を反芻した。大昔から、人間は怪獣を「討伐対象」か「畏怖の対象」としてしか扱わなかった。しかし、この国の最高権力者は、今、彼の行動の直後に「対話」を求めている。


ジーレックは観念したように、どぷんと全身を海面から露わにした。その巨体が起こす波紋が、陛下を乗せた水上機を激しく揺らした。


陛下は、微動だにしなかった。その姿勢は、恐れるのではなく、ただ事の真相を知ろうとする強い意志に満ちていた。


ジーレックは、ゆっくりと口を開いた。周囲の海水が、彼の出す低音の振動で泡立つ。


「なんや、ワイに用でっか?」


そして、続けられた言葉に、側近たちは文字通り腰を抜かし、水上機の上でへたり込んだ。


「先に名乗っとくけど、ワイは大阪湾で暮らしとるジーレックゆーねん。なんや鳥みたいなんが広島にゴッツイ爆弾落としとったやろ? 広島はまだええねん、長崎わ今カノの地元やねん! やから撃ち落としたんや」


コテコテの関西弁。しかも、核の危機を退けた理由が、「今カノ」という、あまりにも個人的で、そして人間的な動機だった。


沈黙。関門海峡の風の音だけが響いた。


その沈黙を破ったのは、陛下であった。彼は、側近から拡声器を奪い取り、自ら静かで、しかし凛とした声で語りかけた。


「…ジーレック殿。貴殿の情による行動が、我が国の歴史を変えました。ありがとうございます」


側近たちは、陛下が「貴殿」と敬意を込めて呼びかけ、さらに「情」を理解しようとしていることに戦慄した。


「しかし、我々は、今、米国の二度の攻撃により国土のほとんどが疲弊しております。兵士は疲れ、国民は食糧に窮し、悲しみに暮れている。このままでは、国は立ち行かないでしょう」


陛下は、ジーレックの巨大な顔を見据えた。


「ジーレック殿。あなた様は、その力と情によって、我々に終戦の選択を与えてくださった。……この国の悲しみを、あなた様のその大きな心で、受け止めてはくださいますまいか」


ジーレックは、その言葉に絶句した。


彼の目には、陛下という個人の姿ではなく、悲しみと疲弊に沈む「国」の姿が見えた。核の脅威を退けたときとは違う、胸を締め付けられるような、人間的な痛み。それは、彼が今カノを愛し、守りたいと願う、その「情」と同じ種類のものだった。


「悲しみ……」


ジーレックは、低く唸った。大阪湾に戻るはずだった彼の足は、そこで完全に止まった。


「……わかった。ええよ。ワイがなんとかしたるわ!」


大怪獣と、やんごとなき一族による、史上初の「終戦」に向けた密談が、関門海峡の波間に、ひっそりと始まった。




1945年8月、大阪、某所


関門海峡での対話の後、ジーレックは日本の外交戦力として機能した。彼の存在――核兵器を無力化できる規格外の力と、意外なほど合理的な知性、そして「平和を愛する個人的な動機」――は、米国を交渉のテーブルに着かせた。


そして、終戦交渉は驚異的な速度で進展した。


場所は、大阪のホテルを改装した厳重な会場。


そこに、日本の陛下、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥、そして彼らの窓越しに鎮座する大怪獣ジーレックという、人類史上あり得ない三者が顔を揃えた。


厳粛な空気の中、終戦宣言『大阪宣言』が締結された。その内容は、日本の主権維持と、連合国軍による平和的占領の約束、そして「ジーレックを人類共通の脅威から守る存在として尊重する」という特記事項を含んでいた。


宣言が正式に読み上げられ、各々の代表者が署名(ジーレックは、特別に用意された巨大な石版に、熱線で自分のシンボルマークを刻んだ)を終えたとき、会場は静寂に包まれた。


その夜、儀礼的な晩餐会の後、三者は会場のテラスで静かに夜空を見上げていた。


マッカーサー元帥は、葉巻を手に、夜空に佇むジーレックを見上げた。その巨大な姿は、威圧的でありながら、どこか物悲しい雰囲気を纏っていた。


「ジーレック、いや、ジーレック殿。貴方は、私の計画を狂わせた。歴史上、最も理解しがたい、そして最も効果的な『介入者(インタベンター)』だ」


元帥の言葉は、率直な称賛と皮肉が混ざっていた。


ジーレックは、夜風に吹かれながら、ぼそりと関西弁で返した。


「そら、元帥はんの計画が、ワイの今カノに危ない思いをさせるもんやったからや。そやけど、お陰で戦争は終わったやろ。ワイは飯が食える平和を守りたいだけや」


「食事の平和……」マッカーサー元帥は、くすりと笑った。「貴方は、貴方自身の個人的な愛によって、数百万人の命を救った。これは、我が軍が掲げたどの『正義』よりも、純粋で強力だった」


隣に立っていた陛下は、静かに語り始めた。


「ジーベック殿。貴殿の情の深さには、心より感謝しております。しかし、貴殿が救ったこの国は、これから長い時間をかけて立ち直らねばならない。戦争を終えても、国民の悲しみは消えないでしょう」


陛下は、テラスの向こう、静まり返った大阪の街を見つめた。


「どうか、この宣言をもって、あなた様の重責が終わったとは思わないでいただきたい。この国の国民が、再び穏やかな生活を取り戻すまで、力を貸してはいただけませんか」


ジーレックは、ため息をついた。大阪宣言という大仕事を終え、今度こそ今カノに会いに行けると期待していたのだ。


「勘弁してや…ワイはもう、政治はゴメンやで。ヘトヘトや」


しかし、陛下は静かに首を振った。


「政治ではありません。守護です。……そして、実はもう一つ、緊急の事態が迫っております。北方、蝦夷地の動向です」


陛下はマッカーサー元帥と顔を見合わせた。元帥は厳しい表情で頷いた。


「ソビエト軍だ。彼らは我が国の撤退を好機とみて、約束を反故にし、領土拡大の野望を捨てていない。もし彼らが蝦夷地を占領すれば、日本の復興は極めて困難になる」


「ソ連……赤い軍団なぁ」ジーレックは、唸った。


マッカーサー元帥は、葉巻の煙を静かに吐き出した。


「平和は、宣言書一枚では守れない。ジーレック殿。貴方の『情』は、ソ連という冷徹な『思想』に打ち勝てるか? 貴方の愛は、蝦夷地の氷を溶かせるか?」


ジーレックは、その問いに、しばらくの間、答えなかった。


彼は夜空に輝く、故郷大阪湾の方向を見つめていた。タコ焼き屋の看板の灯りが、目に浮かぶようだった。そして、核から守りたかった今カノの笑顔も。


やがて、ジーレックは決意を固めたように、再び咆哮した。


「しゃあないな。戦争のケツ拭きは、ワイの仕事ちゃうけど…愛するもんの笑顔のためなら、北方まで出稼ぎに行くで! ……ただし、北方にも美味いタコ焼きあるんやろな!?」


マッカーサー元帥は、口元に笑みを浮かべ、陛下の顔には安堵の表情が浮かんだ。


かくして、ジーレックは、終戦直後の混乱した日本を守るため、今度は北の戦場へと向かうことになった。



1945年8月下旬、蝦夷地、


終戦宣言が締結された直後、ソビエト連邦軍は樺太、そして蝦夷地へと、その進撃を強行していた。圧倒的な物量と冷徹な思想を持つソ連軍の前に、日本の残存兵力は次々と押し込まれ、多くの民間人が避難を余儀なくされていた。


そこへ、南の海から、「守護神」がやってきた。


ジーレックは、マッカーサー元帥と陛下との約束を果たすべく、単身、蝦夷地の戦線に突入した。


「チッ、寒すぎるわ! タコ焼きも冷えてまうやろがい!」


吐き出す息は白く、南方出身のジーレックにとって、北の大地は肌に合わなかった。しかし、彼はその不満をエネルギーに変えるように咆哮した。


ソ連軍が最初に目撃したのは、大地を揺るがすほどの地響きと、その後に続いた**凄まじい熱線の嵐**だった。


ジーレックの熱線は、広島と長崎を襲うはずだった核兵器の熱に匹敵するエネルギーを、正確かつ連続的に放射した。ソ連軍の進撃部隊は、戦車も装甲車も、瞬く間に高熱で溶け落ち、スクラップと化した。


戦況は、ジーレック一匹によって、完全に覆された。


彼の出現は、敗走していた日本兵と民間人に、まさに「奇跡」として受け入れられた。


「ジーレック様だ! ジーレック様が我々を守ってくださっている!」


彼らは、広島の鳥(B-29)を撃ち落とし、戦争を終わらせた大怪獣が、今度は凍える北の地で、赤い軍団から自分たちを守っているのを見て、畏敬の念を抱いた。


ソ連軍は、核兵器を無力化し、自国の戦力を一瞬で消し去るこの巨大生物に、有効な対抗策を持たなかった。彼らは混乱に陥り、戦線は総崩れとなった。蝦夷地全土が、ジーレックの「熱線による浄化」によって守られ、ソ連軍は、不名誉な撤退を余儀なくされた。


蝦夷地での戦いが終結した夜。


雪がちらつく山中深く、ジーレックは傷だらけの体を横たえ、低く唸っていた。


「やっと終わったか……マジで出稼ぎは疲れるわ。もう二度と、政治とか戦争とか、面倒なもんに首突っ込むのはゴメンやで」


彼は、疲労と、まだ残る北方独特の寒さにうんざりしていた。


その時、彼の巨大な耳に、微かな、しかし聞き慣れた「甲高い音」が聞こえてきた。


「ジーレックー! あなた、生きてるー?」


声の主は、彼の今カノ、カメコだった。


大阪湾で彼の帰りを待つはずのカメコが、寒さに耐えながらも、ジーレックを探しに来ていたのだ。彼女は、大阪湾から遙か北の海まで、潜水と上陸を繰り返しながら、夫の安否を確かめるためにやってきた。


ジーレックは、疲れた体を引き起こし、カメコが立つ場所を見た。


カメコの甲羅は、寒さで少し白く凍りついていたが、その顔には、彼が無事だったことへの心からの**安堵の微笑み**が浮かんでいた。


「カメコ! なんでお前までこんなとこにおんねん! 寒いんやぞ!」


「だって、帰ってこないんだもの。あなた、いつも『出稼ぎは嫌や』って言ってたじゃない。本当に疲れてるんでしょう?」


カメコは、ジーレックの巨大な鼻先に、自分の甲羅の先端をそっと触れさせた。


「よくやったわ。あなたは、愛する私を守り、戦争を止め、そしてこの国を守った。もう十分よ。……惚れ直しちゃった」


その温かさと、絶対的な信頼が込められた言葉は、ジーレックの心の深くに染み渡った。


「カメコ……」


ジーレックは、心底胸を撫で下ろした。戦争の終結も、ソ連軍の撃退も、彼にとって単なる「仕事」に過ぎなかったかもしれない。しかし、愛する今カノが、その行動を「愛」として受け止めてくれたこと。それが、彼の全ての行動に対する、最高の報酬だった。


「ホンマ、よかった……」


ジーレックは、カメコの温かい甲羅に、そっと自分の顔を寄せた。


「なあ、カメコ。この蝦夷地、タコ焼きはイマイチやけど、ダイオウイカが山ほど獲れるらしいで?  二人でここで、第二の人生、始めへんか?」


「いいわね。あなたがそばにいてくれるなら、極寒の地でも、幸せよ」


こうして、歴史の戦いから解放されたジーレックは、愛するカメコと共に、ダイオウイカを主食とする、樺太半島での新婚生活をスタートさせたのであった。



**時が流れ、**


終戦から数十年。ジーレックとカメコは、北の静かな海で、文字通り「歴史から隠れた」平和な生活を送っていた。世界は復興し、科学は進歩したが、人類が知らないところで、日本の守護神は未だ健在だった。


その間、ジーレックは時折、「友」となった陛下と秘密裏に交流を続けていた。国を動かす政治的な話ではなく、「どうやったらタコ焼きはもっと美味くなるのか」とか、「カメコへのサプライズプレゼントは何が良いか」といった、親しい友人同士のたわいもない会話だった。


しかし、時は残酷だ。人間である陛下の体は、ゆっくりと、しかし確実に衰弱していった。


ある日、ジーレックの秘密基地に、かつての上司であり、現在はジーレックのサポート機関「特務機関G」の中心人物となったケンジから、緊急の連絡が入った。


「ジーベックさん…陛下のご病状が…」

ケンジは声を詰まらせた。「…危篤です。ご本人からの強いご希望で、大洗の海が見える療養所で、あなたを待っておられます」


ジーレックは、その知らせを聞いた瞬間、巨大な体が石化したように動かなくなった。


「アカンやろ……」

彼は呟いた。その声は、熱線よりも重く、悲しみに満ちていた。

「なんでや。ワイが、あのとき長崎を守った。戦争を終わらせた。ソ連も追い払った。これで、みんな平和に暮らせるって、約束したやろがい!」


カメコがそっと、悲しみに震える夫の巨大な頬に、自分の顔を寄せた。

「ジーレック。約束は守られたわ。陛下は、あなたがもたらした平和の中で、国を見守り続けてくださった。あなたは、彼に平和という贈り物を与えたのよ」

「……せやけど、ワイの大切な友や。死にそうなんわ悲しいやん!」


ジーレックは、深い悲しみを甲高い咆哮として空に放つと、立ち上がった。


「カメコ。ワイ、行くわ。最後のケジメや。あいつの最期に、一発デカい関西ギャグかましたらんとな!」


彼は樺太の海から、日本の本州を目指して、厳かに南下を開始した。彼の巨体による移動は、通常であれば大規模な災害警報に繋がる。しかし、今回は「特務機関G」が全権力を使い、彼の進路上の海域と上空を完全に封鎖した。


「守護神の、最後の巡礼」人類は、彼の移動を静かに見守った。


---


**茨城県大洗市、海岸沿いの療養所**


ジーレックは、夜の闇に紛れて大洗の海岸に上陸した。彼の足音は、普段の破壊的な轟音ではなく、波の音に溶け込むような、慎重で静かなものだった。


海岸から少し離れた高台にある療養所の、海に面した特別室。


ジーレックは、窓を大きく開け放たれた病室の前に立ち止まった。彼は巨大すぎるため、病室に入ることはできない。ただ、その巨大な顔を、窓枠の高さまで下げた。


病室のベッドには、数十年前の威厳に満ちた姿とは比べ物にならないほど痩せ細った陛下が、静かに横たわっていた。


「ジーレック殿…来てくださったのですね」


陛下の声は細く、消え入りそうだったが、その瞳は、終戦協定を結んだあの夜の輝きを失っていなかった。


「おっさん……何ヘタッこんでるんや。風邪ひくやろがい」


ジーレックは、敢えていつもの軽口を叩いた。しかし、彼の目元から流れる一筋の熱線は、床板を焦がした。


「ふふ…貴方の関西弁を聞くと、本当に安心します。貴方と大阪宣言を結べたことが…私の生涯で、最も誇らしいことでした」


陛下は、弱々しい手をジーレックの方へ伸ばした。ジーレックは、その巨大な指先を、慎重に陛下の手に近づけた。皮膚が触れ合う瞬間、人類と怪獣の間の隔たりは消えていた。そこにあるのは、ただの友と友の別れだった。


「ジーレック殿……世界は、今、新しい脅威に晒されています。貴方のような『情』を持つ存在を、『思想』や『利権』で操ろうとする……愚かな組織が」


陛下の目は、遠い東京の空を見据えているようだった。


「貴方の力は、常に『愛』から発せられた。長崎の恋人、カメコ殿……その純粋な愛こそが、人類が守るべき希望です。……どうか、その愛の力*を、誰にも、何者にも……汚されぬよう……」


そこまで言うと、陛下は大きく息を吐き出し、静かに目を閉じた。彼の顔に、長年の苦しみから解放されたような、穏やかな笑みが浮かんだ。


ジーレックは、その場から動けなかった。彼は、友の死に、深い哀悼の咆哮を上げた。それは、人類の耳には、遠い海の潮騒のようにしか聞こえなかった。


「……約束したで、おっさん。ワイの愛は、誰にも渡さへん。……永遠に、タコ焼き屋の平和を守り抜いたるからな」


友との別れを終えたジーレックは、再び静かに海へと身を沈めた。

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