第7話『初めてのバズ』

第一部:配信者と勇者




 翌朝。


 俺とアリアはギルドで「森の猪討伐」というクエストを受けた。昨日のゴブリンよりは格上の魔物だ。報酬もいい。


 街を出て森へと向かう。


 アリアは俺の一歩後ろを黙々と歩いていた。




 会話は昨日と変わらず、ない。


「右に行くぞ」「承知した」


 これだけだ。事務的すぎる。




【神託】:二人とも、もっと楽しそうにしろよw


【神託】:これはパーティ解散の危機


【神託】:美の女神ヴィーナス:ねえケンタ、アリアちゃんの手とか握ってみない? 【恩寵】あげるわよ?




 ヴィーナス様、そんなことしたら斬られるから。絶対に。




 猪は森の奥の泥地で見つかった。


 でかい。牛くらいの大きさがある。凶悪な牙が生えていて、鼻息が荒い。


 アリアがすっと剣を抜いた。




「私が正面から抑える。ケンタ殿は隙を見て側面か背後から攻撃してくれ」


「あ、ああ。分かった」




 彼女の指示は的確だった。


 アリアが猪の突進を、盾を使わずに剣さばきだけで受け流す。キンッと火花が散る。


 すごい腕前だ。俺が昨日の決闘で勝てたのが、本当に奇跡(というか卑怯な手)のおかげだったのだと改めて思い知らされる。


 俺はアリアに注意が向いている猪の横腹に回り込み、剣を突き刺した。




 ブギィッ!




 猪が悲鳴を上げる。


 順調だった。


 このままいけば無傷で倒せる。そう思った時だった。




【神託】:知恵の神オーディン:気をつけろ。そこは底なし沼だ。




 え?


 オーディンの神託に気づいた時には、もう遅かった。


 トドメを刺そうと踏み込んだ俺の足が地面に沈んだ。ずぶり、と嫌な音がする。


 泥だ。底が見えない深い泥。




「わっ!?」




 慌てて足を抜こうとするが、もがけばもがくほど体が沈んでいく。腰まで一瞬だった。




「ケンタ殿!?」




 アリアが叫ぶ。だが彼女はまだ手負いの猪と対峙していて、助けに来れない。


 猪が泥にはまって動けない俺を見た。その充血した目に殺意が宿る。


 こっちに来る。




「や、やばい!」




 俺は必死に剣を振り回すが、足場がないせいで力が入らない。


 猪の突進。


 俺は顔面から泥の中に突っ込んだ。


 泥の味。鼻に入る泥水。窒息する恐怖。




 その時。




【天覧者数:500……800……1200!】




 視界の端で、天覧者数の数字が爆発的に増えていくのが見えた。




【神託】:wwwwwwwwww


【神託】:勇者、泥まみれwww


【神託】:顔面からいったぞ!


【神託】:これはひどい(褒め言葉)


【神託】:神回確定




 神託のウィンドウが笑いを表す文字で埋め尽くされる。


 俺が死にかけているのに。泥水を飲んで苦しんでいるのに。


 こいつらは、笑っている。




 ……ふざけるな。




 怒りが恐怖を上回った。


 俺は泥の中から目を開けた。目の前に猪の鼻がある。


 俺は持っていた剣を捨て、両手で猪の牙を掴んだ。


 そして渾身の力で、猪の顔を泥の中に引きずり込んだ。




「お前も、食らええええ!」




 泥の中での無様な取っ組み合い。


 窒息しそうなのは猪も同じだった。


 必死に暴れる猪を、俺は絶対に離さなかった。


 やがて猪の力が抜け、動かなくなった。


 俺は泥の中から顔を上げ、思い切り息を吸い込んだ。


 ゲホッ、ゴホッと咳き込む。顔も服も、全身泥まみれだ。




【祝福 +1000】


【祝福 +800】


【祝福 +1500】


名もなき神々より大量の【恩寵】を賜りました。合計:15000祈力




 ウィンドウが祝福と恩寵の光で真っ白になった。


 一万五千。今までの稼ぎがバカらしくなるような数字。


 これが「バズる」ということなのか。




「ケンタ殿! ご無事か!?」




 猪を倒し終えたアリアが慌てて駆け寄ってくる。


 俺の泥まみれの姿を見て彼女は目を丸くし、そしてふっと吹き出した。




「……ふ、ぷっ……くくく……」


「……笑うなよ」


「すまん。だが、その、あまりにも……ふふっ」




 いつも仏頂面のアリアが腹を抱えて笑っている。


 俺は泥を拭いながら、なんだか急に力が抜けて一緒に笑ってしまった。




 最悪の戦闘だった。


 でも、アリアの笑顔が見れたから、まあ、いいか。


 そう思えた。

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