前劇 「ふたつの言葉」/第一幕「おもい」

第一場「夜の広場」


 頭上に浮かぶ幾多の月影に照らし出される人影。年端も行かないやわな体の青年の姿が、ほのかに薄暗がりの中に浮かび上がる。

「はあ。この気持ちを伝えたいなあ。あいつは、僕のことどう思ってるのかな…」

 天を仰ぐ青年の傍らに、もう一つの人影。ほのぐらい中で、小さな体がぼんやりと現れている。

「あっ!こんな所にいたのね、もう随分さがしたんだよ。どうして夜になると、そうやってひとりになろうとするの」

「べ、別に何でもないさ」

「そうかなあ」

「それよりかな、こんな時間に危ないじゃないか、外に出たりしちゃ」

「もうあたしは子供じゃないんだから、いいじゃない。かずちゃんの面倒はあたしが見なくちゃいけないんだし。さ、行こう」

「あのさ、あの呼び方はやめてくれよ、何かみっともないだろ」

「え?そーお、かな?あたしはけっこう気に入ってるんだけどなあ」


第二場「二人の住まい」


 日差しではない、朝の光が青年の顔を照らす。安らかな寝顔。やがて目を覚ます。

「…う、うー。目覚めが悪いなあ」

 少女が青年のそばに飛び込んでくる。はじけるような笑顔。

「おっはよ、かずちゃん!」

「あう、そんな大声で叫ばないでくれ、頭が…」

「ふふ」


第三場「朝の街並」


 広がりのある空間に、まばらに立ちならぶ建物。装飾が美しい。色鮮やかな街の中を、青年と少女は歩いている。

「さあて、なにを買おうかな?」

「ははは、気が早いな」

「だって、楽しみじゃない、休日のお買い物なんて。久しぶりだし」

「ずいぶん、行ってないな、そういえば」

「うん、だから前からずっと楽しみだったんだ、今日」

「そうか」

「それにしても、人がすくないや」

「うん?ああ、そうだな。もうこんな時間なのに」

「かずちゃんじゃないんだから、寝坊しているわけでもないだろうしね」

「それを言うなよ、僕はいつも仕事があって遅いんだから」

「あ、ごめん。でも、どうしたんだろうね」

 あたりを見わたしている少女。少女と、近く一面に咲いている花々を見る青年。

「きれいにいないや」

「きれいだ…」

「うん…え?なにが?」

「あ、いや、あそこの花がな」

「あの花が?」

「そう、あれ、あの花」

「特別に、あの花だけが?」

「そ、そう、あれ」

「そう」

 時間がゆっくりと流れて行く。あたり一面を、一様にうすく藍色に染めていく。


第四場「暮れる街並」


 青年と少女が歩いている。行きと同じ道を戻っている。

「僕は、何でいつも運搬係なんだろう…」

「お花、夜は眠ってるみたいだな」


第五場「二人の住まい」


 青年が玄関にほど近い所で休んでいる。

「こ、腰…」

「え、なあに?」

「や、別に…」

「そう。もうちょっとで、ご飯だからね」

 少女は玄関から少し遠い台所に立っている。ふかい鍋の中に何かが煮込まれている。

「ふんふんふん♪」

「はあ…」


第六場「二人の住まい」


 食卓に青年と少女が座っている。暖かそうな鍋物の湯気が、うすく二人を包んでいる。

「どうかな?今日は、いつもとすこし変えてみたんだけど」

「まあまあ、かな」

「…そう」

「…ね、ねかな」

「え、なに?」

「あ、これ、あったかいね」

「うん」

「…あ、あのさ」

「うん」

「…かなって、料理とか上手いよな」

「へ?…ほんと?」

「あ、たまに」

「…そう」


第七場「寝室」


 はっきりと見えるでもない天井をじっと見つめている青年。

 微動もしない。天井以外の物を、全て忘れてしまってでもいる様子で、青年は、じっと横たわっている。

「明日から仕事、か」

 天井から視線を外す。

 横を向いたまま、じっとしている。

「…かな」

 ため息をついている。

「かな…」

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