第13話 アガパンサスの咲く頃に
それから時は進み、時刻にして17時45分。
駅から徒歩5分というアクセスの良さに加えて駅近とは思えない程の穏やかさと静けさを感じる、そんなとあるマンション505号室の玄関前に那須と神栖の姿があった。
鍵を差し込みガチャリという音が鳴り響くと、那須はドアを開け、
「ただいまー!さ、上がって上がって」
「お邪魔します…」
二人は部屋の中へ足を踏み入れる。
数歩ほど歩いてリビングへ向かうと、何やらトタトタと駆け回るような、那須と神栖、二人以外の足音が聞こえる。そしてリビングからは見知った顔が。
「あ、パイセンー。お疲れ様っスー!ちゃんと神栖君も来たんだねー」
「え……?」
「峯ちゃんお疲れー。今日はありがとうね!お陰で助かったよ。諏訪ちゃんは今日来るって?」
「あーそれなんだけど、諏訪ちゃん今日はミーティングあるらしくて、21時過ぎになるかもって」
「いや、ちょっと待ってください。なんで峯さんいるんスか」
さも当たり前のように会話が進んでいるので思わずそのまま流してしまいそうだったが、そうだ。何故峯がここに居るのか。それを疑問に感じて仕方がなかった神栖が2人にそれを投げ掛ける。
「なんでって、いちゃ悪いかよー?そこのももちゃん先生とは、中等部からの付き合いなのよー」
「そうだよ神栖君。まあ話せば長いんだけど、ちょくちょくウチに遊びに来てくれるの。てかここで話すのも難だからリビング行こ」
そのまま那須に案内され神栖がリビングへ辿り着くと、キッチンからほのかに漂う煮込まれた食材の香り。そして奇妙なことにソファ付近のコップや毛布が宙を舞いながら一人でに定位置へ戻っていく光景が視界に映り込んだ。
この光景を一般人が目にしたなら、とんでもないポルターガイストだとも思えてしまうかもしれない。しかしここは異能学区。どんな事象にもタネや仕掛けは勿論ある。
「はあ。サイコキネシスの類っスか?先生そんな異能持ってたんスか」
「多分君の千里眼を使えばタネがわかると思う。やってみてよ」
那須に促されると、神栖は異能に意識を集中させる―――――
一呼吸置いた後神栖が目を見開くと、
「あ、なんか居た」
リビング全体へ目を向けると、その中に一つ、ソファの陰に身を潜める一人の女性の姿。
彼女は神栖の言葉、そして自身を一点に見つめる彼の姿に驚きの表情を浮かべる。自分の姿を視認できる存在が居るとは思ってもみなかったのだろう。
彼女は蛇に睨まれた蛙の如く、絵に描いたようにその場で硬直している。
「さてさて、あずちゃーん!彼には君の姿が見えてるから、異能を使っても無駄だよ。出ておいで」
するとソファの陰からゆっくりと出て自身の異能を解くと、那須や神栖の方へと駆け寄る。
およそ170センチに届かない程だろうか。女性としては高めの身長に鼻の頭まで伸びた前髪をしたボブヘア。
そんな彼女が神栖の方へ目をやり、
「な、なんでわかったんです…?」
「ああ、僕の異能は視覚操作で…透視とかも出来るんス」
「そ、彼が神栖御琴君。せっかくだからあずちゃんも自分の異能を教えてあげなよ。自己紹介も一緒にさ」
「高月あずき…です。異能は…透過…。透明になれます……」
高月あずきの異能、透過。自身や任意の物質を透明にし、その間は他者からの視認が不可能となる。
最も存在そのものを消すことは出来ない為、異能の発動中も対象に触れること自体は可能であるのだが。透明人間になれる異能、と言えばわかりやすいだろうか。
だが、そんな異能も例外となる事象はたった今起こった。それこそが神栖御琴の存在である。高月に異能を使われてしまえば家主である那須ですら彼女を認識する事は困難を極める。
しかし、千里眼があれば。視覚操作の異能を持つ神栖御琴ならば透明人間と化した高月の存在をも認知できるのでは。
そう考えて那須は神栖を高月の元へと連れてきた訳だが、彼女の予想は見事的中と言った所である。
そして那須や峯の狙いはもうひとつ。
「あの、……握手してもいいですか」
「?………はあ、まあいいスけど」
何故握手?そんな疑問を感じた神栖だったが、断る理由も無いのでとりあえず握手してみる。
「……………。」
「……………。」
「………なんで?」
握ったその手には温もりを感じる………のはさておき、やっぱ握手って変じゃないか?
そう感じた神栖だったが、峯が高月に質問を投げ掛ける。
「で、どおよ。生のカヲル君は」
「………はあ?カオル君?」
高月が答える間も無く神栖を襲う更なる疑問。まあそれも当然だ。彼には神栖御琴という名前があるにも関わらずオモックソ名前を間違えられてる。
「あの、“カオル”じゃなくて“ミコト”です」
「ああ、そうじゃなくて。エヴァのカヲル君に似てない?ってこと」
「え、嫌です。死ぬじゃないですか」
「死ぬとか死なないとか今はどうでもよくてさあ!で、どうよあずちゃん?」
「かっこ………いい…です」
……ぷはっ。あははは!
峯と神栖の一悶着、高月の返答、そして高月とカヲル君もとい神栖君が今もなお握手を続けていることに笑いが堪えきれなくなった那須は、神栖の肩をパンパンと叩きながら腹を抑える。
「なんなんスか」
「いやね、峯ちゃんがね。『神栖君があずちゃんの好きなアニメの推しに似てる』って言うから私んちにご招待した訳だけど。こりゃ正解だったね!神栖君はアニメ観るタイプかい?」
「え、いや。たまに観ますけど。それよりもカヲル君死ぬじゃないですか」
「いつまでソコ引きずってんだよ。アニメ界屈指のイケメンに似てるって言われてんだから喜べよ」
「だから。似てるのも髪色だけでしょう」
「……神栖君の手、あったかい」
「握手はいいもんだよねー?それに二人なら、色々積もる話も出来るんじゃないかと思ってね」
「―――――?」
「まあそれは追々って事で。
それよりもさーあずちゃん!カレーの進捗はどんな感じ?」
「そろそろ煮込み終わるから、あとはルーを入れて溶け切ったら完成かな」
「カレー出来たら私がよそうから、パイセン達は手洗ってきてくださいな」
「あずちゃんのカレーも絶品なんだよ。そろそろ出来るみたいだから峯ちゃんの言う通り、手を洗って待ってよっか」
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