【読み切り】神の皆、死後ぞ知るヰ世界

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初陣 流石に青天の霹靂過ぎない?

時は平成のとある年。街にある大きな神社にその子は住んでいた。

「行ってきまーっす!」

彼女は神多羅木カタラギ ウズ。ただの古典や日本神話に夢中の天真爛漫な女子高生である。

暇さえあれば全国各地の神社や寺、祠や霊山などを巡っており、その行動力は両親ですら驚愕する程。今日も何時もの様に神社を巡る様子。


「んー…。実に風情を感じる……。やっぱ神社最高すぎないか」

爽やかにそよぐ夏風、淡い木漏れ日が当たる鳥居。その美しさに見惚れるウズ。

「あとと…。その前に」

そのまま神社に入ろうとした瞬間。参拝の作法が頭から抜けていた為、少しばかり慌ててしまう。此処の神様に失礼が無いように。と心の中で戒め、神社の正しい参拝をきちんとする事に。

「まずは会釈しないとね…。危ない危ない」

ウズは礼をする様に鳥居の前で軽く頭を下げる。その後、参道の真ん中を歩かず左側の道を歩く。中央の道は正中と言い、神様が通る道の為、あまり其処を通る事をお勧めされていない。

手水舎てみずやに着くと、鳥居の前と同じように軽く一礼してから右手で柄杓ひしゃくを持ち、空いた左手にかける。その後左手に持ち替え、右手にもかける。もう一度右手で持ち、左手で水を貯めその水で口をすすぐ。そして左手を洗った後、柄杓の柄の部分を水で流し元の位置に戻す。

「よし!」

慣れた手つきでこの一連の流れをした後、手持ちのハンカチで拭き、御神前ごしんぜんへと向かい始める。

「御参りさせて頂き感謝の限りです……」

賽銭箱の前に立ち、会釈をするとそんな言葉を小さく発する。ウズ自身の心の声が漏れ出たのだろう。

そしてお賽銭を入れ、二礼二拍手一礼をした後、再び会釈する。その会釈の際にウズは一言だけ神社に断りを入れる。

「神様、本当に申し訳ないのですが…。お写真撮らせて頂きますね……」

ウズは生粋の神社好きで、日々常に変わる様々な神社の風景を写真に収めたいのだ。

そうしてウズは神社に許可を得て、ありとあらゆる所で写真を撮る。

「んー…素晴らしい綺麗な神社…」

そうやって写真を撮っていると、ウズは両親からこの神社にまつわる噂があるのを思い出し、少し神妙な面持ちをする。

「…そういえばこの神社、本当に神様がいるって話を聞いた気がするけど……。本当なのかな?」


「──明日行く神社あるだろ?彼処な、実は神様がいるんじゃないかって噂があるんだよ」

「え!?そうなの!?」

昨夜、リビングでゴロゴロしているとウズの父親であるノフトがそんな話を切り出す。

「その話、ママもさっき聞いたけど、本当なのかしらねぇ……」

「さぁなぁ…。でも、もし本当に神様がいるのなら、何か良い事が起きるのかもしれないな?」


「──んー……。まぁ、あくまでも噂だし深く考えなくていいか!」

しかしウズは楽観主義者であった。噂の事を忘れ、神社の写真を撮り続ける事に。


それから数十分後。最後にと正面に戻ってきたウズはカメラを縦に持ち、ピントを合わせるために少し待ち、写真を撮った瞬間。カメラ越しに人がいるのが見える。

「…ん?人……?」

突然人が現れたのを不思議に思い、カメラ越しに見るのを止め、辺りを見渡すとそこには、神社を崇めるように頭を垂れる人しか居なかった。

「…え?」

いきなり神社から現れたという状況で、その場にいる人々もウズと同じく困惑している様子。

「…えっ?ここ何処……?」

「……も、もしや貴女様は現人神で有らせられますか!!」

辺りにいる人達を見ておそらく一番の年長者であろう人がウズの手を握り、興奮したような声色で質問をする。しかしウズは状況を読み込めておらず、何のことか分かっていない。

「……あ、現人神…!?多分違──」

「いや!そうに違いない!!このような奇抜なお召し物!現人神様に違いない!!」

何のことか全く分からず、一旦否定しようとした瞬間、目の前のお爺さんはウズを現人神だと決めつけ、狂喜乱舞する。

「やった!願いが通じたぞ!!」

長老の大きな声を聞くと辺りの人々もそれを信じ、同じく狂喜乱舞する。

「あ、あの〜…お爺さんっ!?」

置いてけぼりにされているウズは、状況整理するために話をしようとするが、いきなり隣にいる女性に手を握られ、そのままその人達に連れていかれる事になってしまう。

「ちょ、ちょっと!?な、何ですかこれ!!」

人々はお祭り騒ぎで何も聞こえていない。そんな状況を見て、何も言っても無意味なのだと気づいたウズは、虚無の顔で流れに身を任せることに。


そうして、長老の家にポツンと座らされ、白米や味噌汁などのおもてなしをされるウズ。

「ささ、どうぞお食べ下さい」

未だ状況を飲み込めていないウズは正座のまま目の前の食べ物を見つめる。

「……お食べにならないのですか?」

初対面の人から訳も分からず食べ物を渡されたという状況の為、申し訳なさが心を支配し、食べる気にならないウズ。

しかし目の前のご飯を見て、思わず腹の音が鳴ってしまい、酷く赤面する。

「お腹空いてますから、是非お食べ下さい。私たちの事は気にせず」

優しい笑顔でそういうが、周りにいる人たち全員が頬がコケている。そのため食事をするのは気が引けるが、これ以上善意を無下にはできず、苦渋の決断で白米と味噌汁を食べる事に。

「おお…。お食べになった……!」

「これでワシらも安心だ…!」

囲炉裏を囲う形でウズの食事を見守っている住人たちが、囁き声で話し合っているのが聞こえる。

(ワシらも安心……?どういうこと?)

その中の会話に少し変な会話も混ざっていたが、今は食事が最優先の為、無我夢中でご飯を掻き込む。


「…ご馳走様でした!とても美味しかったですよ!」

満面の笑みでそう言うと、住人たちはホッと肩を撫で下ろす。それを見てウズは、まるで否定されるのに怯えているようなその様な雰囲気を感じる。

しかし、そこには突っ込まず置いておく。一旦状況が落ち着いた為、まず長老に話を聞く事に。

「あの、長老さん。質問をしてもいいですか?」

「長老さんだなんて恐れ多いです…。私めのことはどうぞヒタとお呼びください……」

名前が分からなかった為にそういう風に呼んだが、逆に怯えられてしまい、少し申し訳ないと思ったウズ。だが名前を知れたのでそう呼ぶことに。

「じゃあヒタさん。……ここって何処なんですか?」

当然の問いである。突然知らない世界に転移し、訳も分からず町へと運び込まれた人としては当然の問いである。

「…ここの地名……のことですかね?ここは“たひこ”と言う小さく貧しい町でして、私たちはここで細々と暮らしております……」

(貧しい……。やっぱりそうだよね。やせ細った顔と身体、そしてこの町。これを貧しくないなんて思えるわけない……)

しかし、先程町の住人に引っ張られていた時、遠くの方では尋常ではない高さの建物が並んでいるのを見たウズは疑問が湧く。

「私が先程見た街はかなり栄えていたのに、どうしてこの町は貧しいのです?金が足りないとか?」

貧しいのならそこは資金の問題なのでは?と疑うのは当然の連想。しかし予想とは違い、ヒタは首を横に振る。

「いえいえ!そういう訳ではありません。そうかこのお方はあの伝統を知らないのか……」

少し気になる単語がヒタの口から聞こえる。

「あの伝統……?」

何か、特殊な伝統でもあるのだろうか。そう思うと、多少なりとも好奇心を抱かざるを得ないウズ。

「この國には“神乱之世かみだれのよ”と言う伝統があるのです」

神乱之世かみだれのよ……ですか?」

全く聞き馴染みのない伝統行事に興奮を抑え、冷静に首を傾げるウズ。古典ファンで日本神話大好きな為、全く知らない単語を聞くと、ワクワクが止まらないのだ。

「神乱之世とは、この國全ての町にいる現人神が集い、競い合う行事なのです」

「現人神が競い合う…ですか……」

想像もしていなかった内容に少し言葉が詰まる。ふと、ヒタが言ったことに違和感を抱く。

「ん?この國全ての現人神?つまり……」

「……そうなります」

血の気が引いた顔色になるウズ。つまりウズもその場に行くというわけだ。今まで他者と競う事を嫌ってきたのに、ここに来て競うことを強いられるとは……。そんな憂鬱な感情によって埋め尽くされる。

「実は、その神乱之世の戦果によって町の裕福度が変わるのです」

「え!?」

この状況でヒタの口から衝撃の事実を明かされ、思わず大声で驚いてしまい、瞬時に口を塞ぐ。

「神乱之世に参加するだけでもかなりの食物と財、そして技術を保証されるのですが、その競い合いに勝てば勝つほどそれらが上がっていくという行事でして……」

(なんという伝統行事…。神乱之世によって財政状況までもが変わるとは……)

かなりの動揺を見せるウズ。それもそのはず。競い合いで財政状況が大きく変わるのであればそれは競い合いではない。ある種の戦争であるというわけだ。

「ん…?ということはこの町は」

とある事を察したウズはその事を口にすると、町の住人達が顔を俯かせ始める。

「この町には現人神がいないのです……」

悲しげな声色でそう答えるヒタ。しかし、ヒタの言った事を整理すると矛盾が生じる。神乱之世に参加すると食べ物や財を貰えるのであれば、この町の人々は何故食べ物があるのかということ。

さらに言えばこの人数がいて飢餓で死ぬこともありうるのに、全員ギリギリで生きている。すると、ウズの中でとある推測が湧き出てくる。

「…もしかしてですけど、過去には現人神がいたのでは無いですか?」

そう聞くと、住人たちがザワつき始める。おそらく推測が当たったのだろう。

「私の推測ですが、この國は自給自足が禁止されており、全てはこの神乱之世でしか賄えないようにされている。そしてこの町は元々現人神が居たが姿を消した。或いは神乱之世で負けたか死んだ。のではないですか?」

そのウズの発言を聞き、また更に住人たちのザワつきが大きくなる。それは驚嘆や戸惑いと言った反応の様子。

「……その通りです。この町には元々現人神はおりましたが、神乱之世にて亡くなり……。私たちの為にと最後の最後まで戦ってくれたお優しいお方でした……」

ヒタがそう話すと、中には泣き出す者もいた。どうやらその現人神は、この町の住人達に余程愛されていたらしい。しかし、ウズは考えるまでもなかった。

「分かりました……。神乱之世に参──」

「おい出て来い!」

ウズが言おうとした瞬間、家の外から怒号が聞こえる。おそらくヒタに言っているのだろう。すると、ヒタは酷く青ざめた表情をし始める。

「あの、ヒタさん…。大丈夫ですか……?」

「……大丈夫です…」

しかしヒタの顔色があまりにも悪かったたため余計心配してしまう。すると、ゆっくりと玄関の方へ歩きはじめ、出入口の前にまで着くが、その場で立ち止まる。よく見ると手が震えているのが分かる。

「ヒタさん、あの……」

そう止めようとするが、何も聞かずそのまま外へと出てしまった。ヒタの後を追うようにウズや住人たちも外へと出て、声のする方を向く。するとそこには、いかにもな人が悪い顔をしてヒタを見つめていた。

「やっと出てきたなジジィ……」

「…わ、私たちもう何もないのです……。どうかこれ以上私たちから奪うことは……」

頭を地に着け、涙ながらに目の前の人に懇願するヒタ。すると、目の前の人はヒタの前で屈み、乱暴に髪の毛を掴む。

「現人神が他の町の物資を奪うことは厳密には禁止されてねェ。規約上大丈夫ってことなんだよ……。それに神に供物を与えるのは当たり前のことだろ?」

眉をしかめ、ドスの効いた声でヒタを脅すように問う。

「し、しかし……。私たちの現人神は貴方様では……」

そんな彼の剣幕に怯え、酷く震えた声ではあるが、必死に抵抗するヒタ。

「うるせぇよ。昔、テメェらに食物を配ってやったのを忘れたのか?その貸しがあんだろうが。それをもっと返せって話してんだよ」

「あ、あれは強制だったじゃないですか!それにもう──!!」

その男は溜息をつき、髪の毛を掴んでいる手を勢いよく地面へと振りかぶったその瞬間。その手が誰かによって止められる。

「あの……。この手、離してくれませんか」

そう相手の手を掴みながら言うウズの表情は、その低い声色からわかる通り、相手を酷く睨みつける程に怒っている様子だった。

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