5

side愁


あぁ、やってしまった。


彼女に蹴られたお腹をさすりながら、開きっぱなしのドアを見つめる。




『春都さんも、好きですよ』


凛太郎から瑞綺をbarへ連れて行ったと連絡が入り、仕事を猛スピードで片付け裏口から店内に入ろうとすれば、瑞綺の凛とした声が聞こえた。


今あいつ、好き?って言ったか?


俺を視界に入れた途端、悲しそうな表情をした瑞綺。


ーーーズキッ


ただでさえ親しく話す2人に、少しの苛立ちがあった俺を、さらにイライラさせる。


『いや、春都さんがいて良かったです』


ーーーズキッ


「ちっ、来い」

「瑞綺ちゃんをあの部屋に連れて行くつもり?」


唸るように言う春都に、そんなことどうでもいいかのように瑞綺の腕を握り引っ張る。


薄暗いに部屋に入り、ベッドに体を投げ両腕を固定する。


『おい、何にキレてんだ。言わないとわかんないだろ』

「…お前、俺に喧嘩売ってんのか?春都にはあんな顔向けるくせに。ああ、あいつが好き、だからか?」


最近芽を出したばかりの嫉妬という名の感情が、脳と体を支配する。


「抱く」


セックスでしかこの感情を止められない俺は、最近言った言葉を簡単に裏切る。


下着を強引にずらした俺に、かなり強い蹴りが入った。


その痛みで、やっと我に帰る。

横を通り過ぎる彼女の腕を掴んだが、すぐに払われた。


『次掴んでみろ。…殴る』


!!

震えた声で目を合わせずそう言った彼女の表情は……無だった。


「…おい、待て!悪かっ」


謝ろうとする声を聞かず出て行った彼女に、ジワジワと罪悪感が全身に駆け巡る。


やってしまった。


彼女が今の俺に向けたのは、拒絶。


追いかけろよ。

そんなんだから春都に好意が動くんだ。

彼女に嫌われたく無いんだろ。


女なんて、というプライドを脳内から追い出し、急いで外に向かう。


会いたかった姿はまだ外にあり、少しホッとする俺の目の前で、男を殴った彼女。


「瑞綺」


拳を振るわせる彼女の名前を呼ぶと、嫌悪の眼差しが突き刺さる。


「悪かった」


俺の姿に喧嘩の野次馬が騒めく。


『……』

「ちゃんと謝りたいから…来てくれ」

『帰る』


こいつは思い通りには動かない。

それが、俺を乱す。


「頼む。ここじゃ目立つ」


野次馬がさらに集まって来たことに気付いた彼女が、わかった、と言ったのを確認して、なるべく優しく腰を抱きビルの中へ入る。


もうあの部屋には入れたく無い俺は、1階の倉庫に入り、彼女の体を抱きしめる。


「悪い。あんなことして」

『……』

「春都に嫉妬した」

『……』

「悪かった。嫌、だよな」

『愁は、私じゃない方が良いだろ』


謝る俺にやっと口を開いた瑞綺が、予想外なことを言い始める。


『私に執着する理由はなんなんだ。女に困ってないだろ。私はあんたの思うようにはできないし、求められても返せない』

「瑞綺が好き、ただそれだけだ」


無の声で発せられる言葉に胸が締め付けられる。

愛とか、恋とかよくわからない俺は、それしか言えなかった。


『私も愁が好きだ』


そう言う彼女に、こんな重い雰囲気でも胸が高鳴る。


『だけど……他を探せ。私にはあんたの好きは背負えない』


まさかの言葉に、抱きしめていた腕が弱まる。


「み、ずき?」


名前を呼び、顔を覗き込んだ彼女の表情は…今にも泣きそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る