10

「ふっ、大丈夫か?」


残った力を振り絞り上を向けば、余裕そうな彼の表情。


ードキリ


今思えば、綺麗なのは目だけではなかった。

整っている顔に、かきあげられた黒髪が少し乱れ目にかかる。

濡れている唇が目に入り、カアっと顔が赤くなる私の腕を引き、ソファに座らせた彼は、ペットボトルの水を手渡してくれる。


「飲んで先シャワー浴びて来い」

『…ゲホッ…しゃ、シャワー!?』

「んだよ。…はぁ…安心しろ。お前が自分から大丈夫だって言えるまでこれ以上手は出さねえ」


シャワーという言葉に反応し、飲んでいた水が出そうになる私の心を悟ったかのように、愁はそう言って浴室を案内する。


『行って、来ます』


浴室に入り、熱くなった体をシャワーで冷ます。


心臓に悪い。


莉紗と竜也のカップルしか見たこと無く、そもそもこういうことに無頓着な私。

告白から今の状況までのスピード感に、あり得ないくらい心臓がバクバクしている。


浴室を出ると、これを着ろ、と置かれた黒のスウェット。

下着を身に着け、明らかに大きな服を着る。

愁の体から香った微かなムスクの香りが、自分に纏わりつき心臓の動きが止まらない。


『お、お先にいただきました。服も、ありがと、う』


ドギマギしたお礼を言いながら、リビングに戻ると、組んだ足を直しながらタバコの火を消す愁がこちらを見る。


「はっ、さすがにでけえな…。座れ。髪、やってやる」


素直に隣に座ると、ドライヤーで私の髪を乾かし始めた。


意外と……すごく意外と、世話好きな人だ。


どうしたらいいか分からず、体育座りで足からはみ出す余った布をいじる私。


髪をとかす手が心地良い。


ドライヤーの音が止まり、テーブルに置かれた。


いつの間にか体育座りから胡座をかく姿勢に変わった私は、愁の方に体を向ける。


『長いのに悪いな』

「触り心地が良い」

『なんか、変態ちっくだぞ』

「あ?褒めたんだ」


変態と言った私を睨み、風呂、と浴室へ消えていく彼の背中を目で追う。


『はあ…』


暇になり、唯一興味が湧いた本棚の前に行く。


お、これも意外。

経営とか、お金とか、そういう勉強の本ばかりかと思いきや…ほとんど小説だ。

しかも、私も好きな作家も並んでいる。

意外な共通点に、今までの緊張が一気に解け、気になった本を手に取りページを捲る。


夢中になっていた私は、愁が浴室から出てきたことに気付かないでいた。


「何読んでんだ」

『!?』


後ろから覗き込むように横から顔を出した愁に、本がパサリと床に落ちる。


「本、好きなのか?」


それを拾い上げ私に渡し、ソファに向かう彼は上半身に何も着ていない。


『お、おう』


クラブで男の半裸は見慣れているはずなのに、なぜか目を逸さずにはいられなくなり、本棚に視線を戻す。

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