8
side愁
「ああ?」
「初めてのやつにそんな強引なことすぐにはしないから安心しろ」
触れるだけのキスで顔を真っ赤に染める彼女に、そう言った俺は、想定外の瑞綺の呟きに低い声が出た。
「どういう意味だ」
『あ、んまり言いたくないんだけど…』
チラリと横目で助手席を見れば、膝の上で小さな拳を握り締め俯く瑞綺。
長い髪に隠れて表情が見えず、言いたくないと言った彼女にまた低い声が出る。
「言え」
『たぶん…嫌いになる』
「おい、好きだと言ったばかりだぞ。そう簡単に冷めてたまるかよ」
『……っ』
震えた声にそう言い返したが、何も返事が無いので、俺は脇道に車を停めシートベルトを外す。
彼女の髪を掬い耳にかける。
……っ!
見えた表情は、今にも泣き出しそうな、怒りを含む目。
「瑞綺…なにがあった」
先ほどの声をできるだけ柔らかい声色に変え、頬に手を添え聞く。
『引かないって約束しろ』
「…わかった」
震える声で強く言った彼女は、口を開き始めた。
次に発せられた言葉に、俺は安心しろ、なんて言葉をかけたことを後悔した。
『中学1年のとき、先輩2人にレイプされたんだ』
「…っっ」
自分の眉間の皺がグッと寄るのがわかる。
『キスはされなかった。…だけどっ、』
「もういい」
苦痛に顔をしかめた彼女の頭を自分に寄せる。
「悪かった。俺が思い出させちまったな」
『なっんで愁が謝るん、だっ』
「安心しろなんて言って悪かった」
引き寄せた俺の腕にしがみつき静かに泣き始めた彼女を、思い切り抱きしめたかったが、車内の物と距離が邪魔をする。
「なあ、今日…家、帰るのか」
『っぐすっ…え?』
「俺の家、来る、か?」
『っぐすっっ、いっ行くっ』
来い、とは強引に言えない俺に、鼻声で答えた瑞綺に安心する。
しばらくそうしていると、泣き声が止み、体が押され離れていく。
『…なんか…ごめん。…りがと』
目を擦りながら俺の顔を見て言う瑞綺に、胸が締め付けられる。
俺は頭をグシャっと撫で、車を発進させる。
……ちっ。
心の中で舌打ちが2.3回鳴る。
勝手に全部が強いと思っていた彼女は、とても弱いものを秘めていた。
過去は変えられないという、どうしようもない現実にハンドルを握る力が強まる。
時計を見れば22:00。
「瑞綺、親に連絡しなくて大丈夫か?」
受験前の高校生を連れ回したことを、時計を見てふと思い出す。
スカートとタイトなニットを着ている彼女は、制服姿からは考えれないくらい大人な女性だった。
『あ…そうだな。連絡しとく』
そう言い携帯に手を伸ばし、画面を明るくする彼女を横目に、なんと連絡するのだろうと緊張気味の俺。
『と、もだちの家に泊まるって…送っておいた……母親にはまた直接話しとく』
「俺もその時は一緒に行く」
『!?…一緒に…?』
「挨拶は大事だろ、挨拶は」
そんな強引な会話をしていると、俺の住むマンションに着いた。
ーーー離す気は無い。絶対に。
彼女が安心できる場所が、自分の胸の中であってほしい。
今までに感じたことのない"独占欲"が…脳内にギラつき始めた。
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