10

つい癖で出た舌打ちが、部屋に響く。


「家まで送る。出るぞ」

『あ……へ、へい』


扉の方を見て立ち尽くす瑞綺に、できるだけ落ち着いた声をかけると、聞いたことのない抜けた声が聞こえ、口元が緩む。


そこから車に乗るまでは会話は無かったが、なぜか心地良い空間だった。


俺が運転席に座るのを確認して、後部座席に乗る瑞綺に少しの焦燥感。

そんな感情を隅に置き、気になっていたことを、とアクセルを踏みながら口を開く。


「おまえ彼氏がいるのか」

『……へ?』


ミラー越しに見ると外を見ている瑞綺。


『いや、いない』

「さっきデートって言ってただろうが」

『あれは勢いだ』

「…」


…勢いってなんだよ。

少しホッとするが、ずっと感じていた違和感を問う。


「なんで俺にそんな当たりが強いんだ。歳上だぞ。敬語使え」

『なんとなく』

「春都には使えてんだろ」


春都にはしっかりとした敬語を使っていた。


『あんたは別だ』

「クソガキかよ」


俺の口の悪い発言に、お互い様、と笑った瑞綺とミラー越しに目が合う。


…っ。

初めて見せた笑顔は、俺の心臓を突き刺した。


「なんだ、笑えんじゃねえか」


急な新しい顔に少し動揺している俺は、無意識に口角が上がる。


それから彼女の干渉してほしくないというプライベートを少しずつ聞き、閉ざされた心の扉をたたく。

短い返事だが、答えてくれる彼女に嬉しさが込み上げ、気付けば誘っていた。


「土曜暇か?」

『勉強』

「気晴らしに飯でも連れてってやる。あとついでに松山のとこ行って、もう1回肩の状態見てもらえ」

『………焼肉』


少しだけ表情と声色が柔らかくなったのを感じ、距離を詰めるため松山の話を出す。


焼肉か。

まだ高校生だもんな。肉がいいよな。

最近歳のせいか、脂がキツくなってきている俺から笑みが溢れる。


だんだんと薄暗くなっていく街中を走り、マンションの前に着く。


後部座席のドアが開き、瑞綺が降りるのをミラー越しに見る。


気をつけろよ、と声をかけるために窓を開けると…


『あ…りがとう。送ってくれて』


少し屈んで、俺に目線を合わせながら言う瑞綺。

今までの強張った顔はそこには無く、柔らかい表情が俺を捉える。


『…じゃあ、また、な。…愁』


ーーーっ


名前を言い残し、背中を向け歩き出す彼女を咄嗟に呼び止める。


「瑞綺。…連絡先、教えろ」

『あ?…あ、あぁ』


鞄をゴソゴソとしながら再び俺の前に来ると、窓枠の僅かな場所でペンを走らせる。


「こんなところで書くなよ」


軽く文句を言う俺を無視して、はい、と渡された紙切れにはガタガタの字で数字が書かれていた。


『…じゃ』

「あぁ、また連絡する」


彼女は背を向け、今度こそエントランスへ消えていった。


俺はその背中を見届け、紙切れに目を落とす。

"080-xxxx-xxxx"


「…ふっ、きったねえ字だな」


胸の高まりを静めようと、我慢していたタバコに火をつける。


ああ、女のために我慢する日が来るとは。


恋愛となると、どうもまわりくどいのは苦手だ。

ここは直球勝負でいくとするか。

彼女は高校生だ。

いつ恋事情が発展するかわからない箱の中にいる。

早めに手を打つしか方法は無い。


ーーーさて。

彼女の心の、どこから攻めようか。

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