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「じゃ、俺も仕事山積みだから、部屋に行くね」
『へっ?』
「瑞綺ちゃん、これからどうぞよろしく。なんでも頼ってね。この前渡した番号ちゃんと登録しておいてね」
立ち上がりながら言った春都さんも、扉の向こうへ消え去ってしまった。
「……ちっ」
2人しかいない部屋で舌打ちが響く。
「家まで送る。出るぞ」
『あ……へ、へい』
2人だけの空間に緊張して、変な声が出る。
さっさと扉に向かう愁を追いかけるため、急いで鞄を持ち立ち上がる。
2人だけのエレベーターは2回目のはずなのに、前とは全く違う緊張感が走る。
ここへ来たときとは違う場所に行く背中を追い、着いたのは黒塗りの車が何台も止まる地下の駐車場。
その中の1台がピピッと鳴り、鍵が開く。
愁が運転席に乗ったのを確認し、後部座席に入る。
そして静かに動き出した。
「おまえ彼氏がいるのか」
『……へ?』
沈黙を破ったのは愁だった。
『いや、いない』
「さっきデートって言ってただろうが」
『あれは勢いだ』
「…」
おい、話題振ったくせに無視かよ。
やっぱり手首をさすってくれた男は別人だったのかもしれない。
「なんで俺にそんな当たりが強いんだ。歳上だぞ。敬語使え」
『なんとなく』
「春都には使えてんだろ」
『あんたは別だ』
「クソガキかよ」
『お互い様だろ』
くだらない言い合いにへらっと笑みが溢れる。
ミラー越しに一瞬目が合う。
ーーードキリ
なんだろう。なんなんだろう。
この男に、こうも心臓が跳ねるのは。
怖いからなのか。それとも…。
「なんだ、笑えんじゃねえか」
ふっと口角をあげた愁と、ミラー越しに再び目が合う。
やっぱり。綺麗な目をしている。
ーーードキリ
ああ、なにか、嫌な予感がする。
ーーードキリ
自分でコントロールができない、この胸の高鳴りに、嫌な予感が。
「大学、どこ受けるんだ」
『九条』
受かるかもわからない情報をうっかり話してしまう。
「バイトは?」
『たまに臨時でジークンドーの指導してる』
なぜか、答えてしまう。
「土曜暇か?」
『勉強』
「気晴らしに飯でも連れてってやる。あとついでに松山のとこ行って、もう1回肩の状態見てもらえ」
『………焼肉』
「……ふっ、ああ、肉な」
なぜだろう、こんなに会話が続いている。
肩のこと、まだ気にしてくれてたのか。
春都さんが言っていた、愁が私を気に入ったっていうのは茶化しにしか聞こえなかったけれど。
この状況が心地が良い、と感じてしまっている。
薄暗い外を眺めながら、悶々と意味もなく考えてみる。
この感情の行く先を。
ーーー気付くのは案外早かった。
まあそれは、強引で直球な狼のおかげだったかもしれない。
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