10
俺らが住むマンションに帰るまで、車内は瑞綺の話で持ちきりだった。
…といっても、春都がただひたすら喋っているだけだ。
1人で盛り上がっている声が急に低くなり、俺に向けられる。
「狙われるよね、…奴らに」
「…あぁ。時間の問題だな。明日、瑞綺のことを調べてくれ」
「わかった。奴らはたぶん東郷のとこの下っ端だろう。最近、よくない噂が耳に入ってきてたからな。3人の処分は下に頼んでおいた」
「汚ねぇな、タチが悪い。……東郷、か」
ドラッグにレイプ、銃刀法違反。汚い組合、東郷。
正反対の俺らは、衝突しやすい。
瑞綺がどう狙われるか。
奴らの目と刃が、勘違いで運良く俺らに向かってこればいいが。
そんな呑気な期待は、数週間後すぐに打ち砕かれることになる。
"春妃瑞綺。青南高校3年。家族構成は、母、兄。ジークンドークラブに週2で通っている。関東大会空手の部3連覇"
簡単な詮索で出た情報がこれ。
「はる、ひ」
「珍しい苗字だね」
朝から俺の部屋で、ソファに腰掛けコーヒーを飲みながら書類に目を通す春都。
聞いたことがある苗字だ。それがなにかは思い出せないが。
父親の情報は何も出てこない。ただの離婚だろうか。母親はごく普通の会社員、兄は海外勤務。
「青南高校ってここから結構近いね、どうする?見張る?」
「あぁ。怪しまれないようにな。彼女はなにか鋭そうだ」
「かの、じょ?……ふはっ」
俺の言葉に春都がコーヒーを吹き出す。
…なんだよ。
「彼女だって!愁が女のことを彼女って、ふはっはっ…話のネタがまた増えた!」
ニヤニヤ盛り上がる春都。
俺は無視して書類を見る。
「…もしかして本当に惚れた?歳下は面倒とか言って歳上しか抱かない愁が?辞めときなよ、瑞綺ちゃんは高校生だ」
「黙れ」
俺はタバコに火をつけ、ゆっくり息を吸う。
「俺は嵐を守ってくれたから、瑞綺ちゃんを守るけど…愁は違うみたいだな」
「ニヤニヤすんな気持ち悪い」
「俺は辞めとけって言ったからな?」
「……仕事の時間だ、片せ。準備しろ」
「いつもは俺が言う台詞なんだよそれ」
火を消し立ち上がって自室に入って行く俺に、ブツブツ文句が聞こえる。
「惚れた…ねぇ」
歳下の女には良い経験が無い。
けれど…彼女、瑞綺にはなにか特別なものを感じて、目が合った瞬間心臓が跳ねたのは間違いない。
「情けねぇ」
この歳になって、女のことを悶々と考える日がくるなんて。
「愁ーーー!早くしろーー!」
リビングからでかい声が飛んでくる。
俺はコートを羽織り、その声のする方へ向かった。
ーーー出会いなんて、正直望めばどこにでもある。でも、これが俺の心を埋め尽くす存在になるなんて。
だとしたら、こういう出会いでも……大歓迎だ。
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