異世界で女主が将軍になった話
島津
メインストーリー
第1話 秋将軍と、副官柳廉と、雍恒将軍と
ごうと風の吹き抜ける丘上に一人立つ。
眼下には、軍の兵達が等間隔に整列して並び、大きな軍旗をあちこちで掲げながらはためかせている。
その数3万。
これほど多くの人が集う風景は、ほんの数年前の私の記憶からすると都心の演劇ホールやコンサートとか?あとは某海辺の会場で行われてたイベントとか…
「
遠き世界へ思いを馳せていた所に後ろから声をかけられ、はっと我にかえる。
「そろそろ
「あ、はい!」
「……一言宜しいでしょうか」
軽装の鎧姿で現れた青年は片膝をついて私のそばに控えながら、遠慮の感じられない態度で私を見上げてくる。
「このような場で説教はしたくないのですが」
「は、はい?」
「兵が一堂に揃った場であると同時に何よりここは戦場。将軍たるものもっと威厳のある振る舞いを心がけてください」
「あ、はい、すみません」
「副官如きに頭を下げるのはおやめ下さい」
「は…分かりました」
「馬にもきちんとお乗り下さい。今野営の方まで逃げてます」
「えっ、わあ!」
私は離れた所を気まぐれに歩む愛馬を視界にとらえて慌てて走り出す。
大きな溜息が後ろから聞こえたが気にしていられない。
彼の名は
名付けルールが異なるがゆえであり、私は本来この世界の人間ではなかった。
ある日ここに迷い込み、帰れなくなったのだ。
5年前のある朝、私は目覚めたら森の中にいた。辺りに朝靄が煙る中、薄手のTシャツジャージ姿だったから酷く寒かったのを覚えている。
前日の夜はテスト勉強で、遅くまで勉強してから眠った記憶があった。それなのに、私はどうしてこんな所にいるのか。混乱しながらも明るい方へ向かって歩くと、だだっ広い荒野に出た。
地平線まで見通せるそこは私の知る日本とは全く違う風景だった。
それから私は彷徨っているうち運良く助けてくれる人に出会い、保護された。そしてこの世界を学びながら鍛錬を積み徴兵される事となる。
世界は本やネットで見知っていた古代中国の景色と似ていた。ここで過ごして程なく民の生活や文化もそれに似通っている事を知った。
だけど私の知らない歴史があり知らない世界だった。
言葉が通じるのも不思議だったし、5年経った今でもよく分からないまま、毎日を必死に生きて、ここまで来てしまった。
「どうどう」
私はなんとか馬に追いつき、手綱を掴んだ。馬は暴れる事なくすんなりと私に従った。
とにかく、将軍の装備ともなると装飾が多く重い、動きづらい、走るだけでも重労働だ。できるだけ減らして軽くはしてもらったが、大した距離でもないのに息が切れた。
「将軍って大変だなあ…」
その重責に独りごちながら鐙に足をかけたところで背後から声をかけられた。
「将軍になってからの初陣はどんな気分だ?」
馬上でいたずらっぽく笑いながらこちらに向かってきたのは、雍恒将軍だった。
若い頃より戦で多大なる戦果を収め、此度の戦いでも総大将を努める紛うことなきこの国の英雄である。
「雍将軍、今日はよろしくお願いします」
「なんか随分と堅苦しいな。もうちょっと気楽に行かねえか」
「そんな、遊びに来た訳じゃないのですから、気楽には…」
「いつも通りやればいい。やばい時には俺を呼べよ、すぐに助けてやるから」
そう言って豪快に笑う。その言葉通り、将軍には今までも何度も助けられてきた。
戦略会議を行う天幕に向けて馬を進めながら、二人で少しの間言葉を交わした。
「そういえばお前さんの副官は上官に楯突いたとかであちこちで放逐されてきた例の問題児だろう?大丈夫なのか?」
「確かにちくちく言われる事は多いですけど、間違った事は言ってないし色々教えて下さる有能な方ですよ」
「間違ってないからって言っていい事と悪い事あるだろ。上官に対してなら尚更。だから反逆だの諜報だの疑いをかけられて斬られそうになるんだ」
「斬ろうとしたご本人が仰る事ですか…?」
「だってあいつ人の欠点ばっか指摘してきやがってムカつくぞ」
大きな図体をして子供のような事を宣う雍将軍は、一騎当千、世に随一と謳われる存在にはまるで見えない。
本来なら気軽に話せるような相手ではないが、雍将軍との付き合いが長くなるにつれ、それを感じさせないざっくばらんな物言いや時に無邪気な態度を見せる方なのだと知る事となった。
「斬ってやろうと思ったのにお前さんに庇われてて更にムカついた」
「仲間内で争うのはやめて下さい…ただでさえ人手不足で優秀な方は貴重です。多少性格に難はあったとしても…」
あの時、剣を向けられても膝もつかず微動だにしない柳を見てこれは斬られると思ってつい体が動いた。その結果、私が責任を持って彼を預かる事になってしまった。
斬られそうになった当人はその後、周りにあんなに人が居る状況で怒りに任せて斬るわけがない、そこまで場を読めない馬鹿ではないでしょうと言ってたけど、多分雍将軍はそんな損得考えてない。
腐敗した貴族や上官を容赦せず斬り捨てて、懲罰をも厭わないぐらい己の正義に正直な方だ。それに周りが困らされることも、柳の時のようにあったりする訳だが…。
あと天下の将軍殿を聞いていない所とはいえ馬鹿呼ばわりしようとしてる君も大概だと思うんだ…。
そもそも私のような出所不明な人間が、若輩でなおかつ女でありながらこのような立場に上り詰めたのも、その人手不足が一因でもある。
戦において受けた傷で長らく闘病中だった
この国は規模としては小国であり、民も兵もさほど多くはない。だが豊かな土地と精鋭の揃った軍のお陰で他国との交渉や防衛を保つことができ、何とか他の大国に吸収されずに済んでいるのが現状だ。
それゆえ、ちょっとした戦力バランスが崩れる要因でも国にとって致命的となりかねない。それを十分理解している国王は、私を新たな将軍として指名したのだ。
「それにしたって荷が重すぎるけど……」
何度目かもわからない愚痴がこぼれる。天幕前で合流できた副官殿はちらと視線をこちらに寄越しただけで、何も言わない。多分呆れている。雍将軍はそんな様子を見て肩をすくめながら天幕の入り口へ私を促した。
私が誰よりも強いからではないのは分かってる。女だから筋力も体力も男には劣る。
ただ私の存在は何かしら軍の士気を上げるのに役立つと、そう判断されたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます