二 生命力加工工場

 アレから一年が経過した。

 白いモヤに関する研究は未だ途上である。

 まずもって不定形であるモヤを上手く操作するのが難しいのだ。

 今の俺はこの生命力の源であるモヤを掴むことしかできていない。

 これでは結局、八尺様らしき怪異のときから何も進歩がない。


 更に問題なのは、最近俺の周囲で幽霊とかそういった怪異を見かけなくなったことだ。

 昔は時折視界の端に黒い影や人の顔みたいなものが映ってたのに、今じゃどこにも存在しない。

 保育園時代のお昼寝中に突如として枕元にあらわれて「ミエテル、ミエテル?」とか言い出したあいつはどこ行ったんだ。

 あ、寝起きを邪魔されてヘッドバッドであの世に送り返したんだった。

 こちとら人生二回目で保育園児やらされてるんだぞ。

 普段から元大人が園児のマネをするとかいう羞恥と忍耐の限界を刺激され、唯一の癒やしの時間であるお昼寝を邪魔されたらキレもするわ。

 ミエテル? じゃねんだよてめぇに地獄の三丁目を見せてやろうか。

 というか寝てる幼児の枕元に立つとか最悪すぎるだろ、一体だれが対抗できるんだよ。

 できたわ、俺が。


 ……これ俺が原因じゃないか?

 生命力を使って怪異をばちぼこにする以前から、俺は現れた怪異にゴートゥーヘルを言い渡してきていた。

 そうしなければ、誰も守れないからだ。

 怖いと思ったことはない。

 なにせあまりにはっきり視認できるから、もうそういう映画のクリーチャーとしか思えないのだ。

 一回死んで度胸がついたのもあるだろう。

 元々ジャンプスケア以外のホラーはあんま怖いとは思わないタイプだったしな、俺。

 というか、向こうが一方的にこっちに害を与えてくるんだ、だったらこっちが躊躇する必要ないだろ。

 あんまりにもそうやって怪異を叩きのめすものだから、俺の側からいなくなってしまったのかもしれない。


 ――なお、このときの俺は「いなくなった」程度に考えていたが、正解は「完全消滅した」である。

 幼い頃から無数の怪異を見てきたせいで、怪異を夜の街灯に集まる蛾みたいなものと認識していたのが俺だ。

 数に限りがあるとは思っていなかったのである。


 話を戻して。

 ようするに俺は現在、白いモヤの加工が上手く行っていない。

 加えてそれを試すためのサンドバッグである怪異が、近くにいないという状況にあるのだ。

 怪異を持ってくる方法については考え……というほどでもないけど方法はある。

 しかし、そのためにはまず白いモヤの加工をなんとかしないといけないだろう。

 怪異を用意するということは、危険が発生するということだから。

 俺はともかく、周囲に危険が及んだら困る。

 父さんや母さんは、俺をちょっと奇行に走るいい子と思ってくれているんだから心配させてはいけない。


 まずこの白いモヤにはどういう特性があるんだ?

 生命力であるということは解る。

 小学生らしくはしゃいで遊んだ後は、このモヤが周囲に多く浮かぶ。

 それを取り込むと、疲れが一気に解消される……というのは直感的に理解できた。

 とはいえ生命力は休憩等の行動によって回復する。

 ならモヤを取り込んで疲れを解消した後は、生命力が回復しないのか……と言われたららしい。

 遊んだ後に生命力を取り込んでも、お腹はすくし眠気はやってくる。

 そして補給を行えば、それによって活力が湧いてくるのだ。


 つまり、モヤの吸引を利用すればより効率的に身体を鍛えられるのではないか。

 今の俺はまだ七歳、本格的な筋トレや体力づくりを行うには体ができていない時期。

 とにかくへとへとになるまで遊ぶのが、一番効率のいい体力づくりだろう。

 そこにモヤの吸引で生命力を取り込めば、さらに気力溢れる状態になる。

 そう思って一週間ほど同年代の子供達と全力で遊んでみたが、効果はてきめんだった。

 あまりにも身体が充実していると、自分でも解るのだ。

 パワーみなぎる、気力みなぎる、体力みなぎる。

 思わず「HAHAHA」とメリケン並の笑顔で陽気にはしゃぎたくなってしまったほどだ。

 そんなことをしたら周囲から「また始まったよ」みたいな視線が飛んでくるので、基本はやらない。

 加えて同年代の子供達と童心に帰って遊ぶのは、いささか気恥ずかしさもあるが、これも強くなって怪異をぶちのめすためだ。


 なんにせよ、そうやって生命力をどぅんどぅん取り込むようになると、ぼんやりと生命力の扱い方というやつも解ってくる。

 正確に言うと、体内に取り込んだ生命力をなんとなーく感じ取れるようになったのだ。

 湧いてくる生命力と、吐き出してから再吸引した生命力は別物だ。

 前者と後者を別物として認識できるようになり、湧いてくる生命力も感じ取れるようになると、より効率的に生命力を生み出せるようになる。

 自分の眠気や空腹のタイミングと、生命力が湧き出しそうなタイミングが一致する時は、すなわち休息が必要なタイミング。

 そこで休息を取ると、生命力は普段より大きく湧き出してくることが解った。

 取り込んだ生命力に関しても、運動する時に使った部位へ取り込むと疲労の回復が促進される。

 例えばスクワットをしたら足腰が疲弊するわけだが、そこに生命力をぶち込むとより身体が鍛え上げられる……気がするのだ。


 そうなってくると、俺は体内であることができるようになってくる。

 一言で言えば、それは生命力の加工。

 生み出された生命力を、手足に集めたとしよう。

 すると、普段よりも身体能力が上がっている気がするのだ。

 怪異との戦いにおいて、フィジカルというのはかなり重要なはず。

 なにせ白いモヤをぶつけようにも、向こうが俺よりも早く飛びかかってきたらそれも敵わないからな。


 かくしてここに、生命力加工工場は完成した。

 うぉオん、まるで俺は人間生命力発電所だ。

 というわけで、しばらくはこうして生命力を使って自分の身体を鍛えていこうと思う。

 ボコさなきゃ対応できない厄介な連中だからな、手を休めてはいられないぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る