第22話 5000円は誰のもの?
サイン会の会場へと戻る道すがら、俺はとても緊張している。
優木さんと並んで歩いているのだ。
「サイン会、楽しみだね」
本当に嬉しそうな様子の優木さん。
「う、うん、そうだね」
緊張のあまり、シドロモドロな俺。
「原作者の先生って、女性なんだって」
「えっと…… なんだかそうみたいだね」
「噂だと、すっごくキレイな人らしいよ」
「へ、へえー、そうなんだ」
せっかく優木さんが話しかけてくれてるのに、俺は緊張のあまりまともな返事すら出来ていない。
全く、何やってんだよ、俺……
しかし、優木さんはよっぽどサイン会が楽しみなようで、緊張しまくりロボットのような俺の様子に気づいていないみたいだ。
不幸中の幸いってヤツかな。
会場が見えてきた。
優木さんは、いつも学校でみせるような控えめな口調で、
「あの…… そろそろ人が多くなってきたから、静かにしておいた方がいいと言うか……」
と、言うのだけれど……
「あっ、そうか。また変なヤツに付きまとわれてもいけないからね。じゃあ、俺も静かにしてるよ」
「勝手なことばっかり言って…… 本当にごめんね」
「全然、全くそんなことないよ!」
「……ありがとう」
そう言って、優木さんはまた笑った。
それにしても、以前行ったという『めがふら』のイベントでは、きっと怖い思いをしたんだろうな。
そんな思いをしながらも、また『めがふら』のサイン会に来るなんて、優木さんはよほど『めがふら』が好きなんだろう。
優木さんの気持ちを応援出来て、なんだか俺も嬉しいよ。
さて、無言でサイン待ちの行列に並ぶこと数十分。
優木さんはずっと俺の隣にいる。
喋ってないのに、心臓のドキドキがずっと止まらない。
でもこの感覚、意外と悪くないかも。
さあ、いよいよ俺たちの番が回ってきた。
さっきと同じように、原作者こと女神様が待つ個室へ入ると——
女神様の隣に立つ警備員さんに不審な顔をされた。
そうだよな。
だって、ここに来るのは2回目だから。
「ねえ、君はさっきも来た——」
と、警部員さんが口を開くが、
「ちょっとガードマンさん、いいかしら」
と、女神様が話の続きを封じてくれた。
「最近の警備サービスは、軽快なお喋りまでサービスしてくれるのかしら?」
という女神様の問いに、警部員さんは、
「いえ、そういう訳では…… 余計なことを言って、申し訳ありませんでした」
と答え、それ以上の会話を控えた。
さっき俺がここに来た話なんて、優木さんには聞かせない方がいいに決まってるからな。
いやあ、女神様って意外と気配り上手なんですね。
なんてことを思いながら、当の優木さんを見てみると——
「キレイな人……」
と言いながら、女神様を見つめているではないか。
きっと俺のことなんか気にしている余裕もないほど、幸せを噛み締めているのだろう。
「まあ、どうもありがとう」
営業スマイルを顔に貼り付けた女神様が答えた。
「あの、私…… 先生の大ファンです!!!」
興奮した様子で優木さんが大きな声をあげる。
それを聞いた女神様はニッコリ笑って応える。
「とても嬉しいわ。じゃあ、心を込めて入れてサインを書かせてもらいましょうか」
とても大人な対応だ。
俺をイジってる時の女神様とは大違いだ。
俺と優木さんは、二人して『めがふら』をカバンから取り出す。
女神様は慣れた手付きで本にサインを書きながら、俺たちに向けて話し始めた。
「二人とも若いわね。高校生?」
「はい、高校1年生です!」
「はあ…… まあ……」
女神様ってば、俺たちのことよく知ってるくせに。
でも、ここは女神様の芝居に付き合わなきゃいけないな。
「仲が良くてうらやましいわ。二人は恋人同士なの?」
「いいえ、違います!」
「うっ…… 」
女神様め…… 俺たちが恋人同士じゃないことも、よく知ってるくせして。
それに優木さんも、そんなに力強く否定しなくてもいいのに……
「あの私、この後の講演会にも参加させていただきます!」
優木さんは何やらチケットのようなものを取り出し、女神様も目の前で提示した。
そう言えば、さっき女神様はこの後講演会があるって言ってたな。
チケットには領収印のようなものが押してある。
そこに印字されている文字を見ると——
「あの…… ここに参加費5000円って書いてあるんですけど……」
講演会って、参加者から金取んのかよ……
俺は女神様を睨みつけた。
『なんか文句あるの?』
うわっ!
女神様の声が直接頭の中に響いてきた。
『スキル『念話』を使ってるの。アンタも心の中でつぶやきなさい。それで、お金を取って講演会するのが悪いことだとでも言うの?』
女神様に
『高校生にとって、5000円って大金ですよ? そのお金を脱税の埋め合わせに使うんですか? それで良心が痛まないんですか?』
『……脱税って言わないでよ。人聞きが悪いわ』
『じゃあ、納税を怠った故に生じた支払いの一部を、いたいけな高校生に補わせるんですか?』
『ああもう、アンタ本当に面倒くさいわね、わかったわよ!』
「ねえ、そこのガードマンさん、大変よ! 今すぐ五千円札をここに出して。私、今お財布を持ってないの。だからさあ、早く!」
驚いた様子で警備員さんが自分の財布から5千円札を取り出した。
それを当たり前のようにふんだくる女神様。
「高校生にそんな大金を払わせちゃって、ホント、申し訳ないわ。その代わりと言っちゃあなんだけど、このお金でデートでもして来てね」
「そのお金、自分のなんですけど……」
「さあ、遠慮なんてしなくていいから」
どうやら女神様は、警備の人の話に耳を傾けるつもりはないようだ。
「そんなの受け取れません! それに私たちは恋人とか、そういう関係じゃないですから!」
優木さんは女神様からの好意を力強く断り、そして更に一層力を込めて、俺たちが恋人ではないと女神様に断言した。
いやまあ、別にその通りなんだけど……
「これから、そういう関係になるかもしれないでしょ?」
ニッコリ笑いながら、女神様が話を続ける。
「そんなことにはなりませんから、お金は受け取れません!」
「……隣にいる男の子、涙目になってるけどいいの?」
「え、ああっ、た、田中くん、ごめんなさい! そういう意味じゃないの!」
どういう意味なのかは深く考えないようにしよう……
「あの…… そのお金、自分の……」
「じゃあ、こうすればどう? ——」
女神様は、警備の人の声など何も聞こえないかのように話を続ける。
「——デートにこだわらず、二人で友だちとして遊びに行くとか。もし、二人きりが恥ずかしいのなら、お友だちと一緒に行ってもいいのよ?」
「そのお金、自分の……」
「あのね。私よく『めがふら』に登場する愛の女神は先生がモデルなんですかって言われるのよ。私、女神様ほど美人でもないし、優しくもないし、ステキな人でもないんだけど——」
女神様ってば、自分のことがとっても大好きなんですね……
「——でもね、私だってみんなの恋を応援をしたいと思ってるの。もしそこで誰かの恋が実ったら、出版社宛にお手紙をちょうだいね、ふふ」
「でも……」
優木さんは、女神様からの好意を受け取ってもいいのか、まだ悩んでいるようだ。
「あなたはとっても真面目なのね。あのね、さっき言ったのは半分ウソなの」
「あの…… 自分のお金……」
「ああもう、ウッサイわね! あ、しまった…… コホン、今とても心温まるイイ話をしてますので、少し黙っていて下さいね、警備員さん」
自分の財布からお金を出してたら、もっとイイ話になったと思いますよ? と、女神様に言ってやりたい。
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