第7話「王国の悲鳴と崩壊の序曲」

 冬が訪れる頃、王国を未曾有の食糧危機が襲った。


 それは私が予測した通りの、いや、予測を遥かに超える規模の厄災だった。


 聖女リリアの「聖魔法」を受けた土地が、まるで示し合わせたかのように一斉に死の眠りについたのだ。去年まで奇跡の豊作に沸いていた畑は、今や塩を撒かれたように真っ白になり作物の芽一つ出すことがなくなった。「呪われた不毛の地」――人々は、昨日まで奇跡の土地と呼んだ場所を今ではそう呼んで恐れた。


 王国領の半分以上が、この状態に陥った。


 食料の備蓄は瞬く間に底をつき、パンの価格は数日で十倍以上に高騰。都市部では食料を求める暴動が頻発し、地方では飢えに苦しむ人々がさまよう地獄のような光景が広がっていた。


 聖女リリアは、民衆の怒りと絶望の矛先となり「偽りの聖女」「国を滅ぼした悪魔」と罵倒され、王宮の奥深くに姿を隠したという。


 そして彼女を盲信し持ち上げた王太子ユリウスと王家の権威は、完全に失墜した。


 ***


「なんてことだ……なぜ、こんなことに……」


 王宮の執務室で、ユリウスはやつれた顔で頭を抱えていた。窓の外から聞こえるのは、王家を呪う民衆の怒声。彼はようやく事態の異常性と、自らの過ちの大きさに気づいたのだ。


 リリアの魔法は、奇跡ではなかった。それは国を滅ぼす呪いだった。


 では、真実はどこにあったのか。


 その時、ユリウスの脳裏に一人の女性の姿が鮮やかによみがえった。


 卒業記念パーティーの壇上で、凛として自分と対峙した婚約者。彼が自らの手で断罪し、追放した女。


 エリアーナ・フォン・ヴァインベルク。


 彼女が慰謝料として求めたのは、誰もが見捨てたあの痩せた辺境の土地だった。


 最近、耳に入ってくる噂。ヴァインベルク領だけはこの飢饉と無縁どころか、過去にないほど豊かな収穫を得て民は平和に暮らしているという。最初は、負け惜しみのたわごとだと一笑に付していた。だが、今となっては……。


 もしかしたら、彼女は全てを知っていたのではないか?


 リリアの魔法の危険性も、この国の未来も。だから、あの土地へ逃げたのではないか?


 いや、それ以上に。


 自分が捨てたあの女こそが、この国を救う唯一の鍵を握っているのではないか?


「エリアーナ……」


 ユリウスの口から、後悔と焦燥に満ちた声が漏れる。彼女を侮り嘲笑った自分。彼女の聡明さに、本当は心のどこかで気づいていたのにリリアの可憐さに目をくらまされて見ようとしなかった自分。


 その愚かさが、今、国を滅ぼそうとしている。


 彼は震える手で執務机に置かれた地図を広げた。王国の北の果て、小さく記された「ヴァインベルク領」の文字。


 そこだけが、まるで暗闇の中に灯る唯一の光のように見えた。


 行かなければならない。どんなに惨めでも、どんなに無様でも。彼女に会って、助けを乞わなければ。


 プライドも、王太子という立場も、今は全てが虚しい。


 ユリウスは絶望的な状況の中、最後の希望にすがるように自らが追放した女性の元へと向かう決意を固めるのだった。

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