サイバーツイン小説

花森遊梨(はなもりゆうり)

貸し人生屋

「三日間だけ、別の人生を貸します」

そんなチラシを駅前で受け取ったのは、仕事を辞めた翌日のことだった。


チラシの裏には小さく書かれている。

“※体験後、元の人生にいかなる変化が生じても当社は責任を負いません。”


まあ、よくある怪しいスピリチュアル系ビジネスだろう。


全年齢向けではないサービスを受けて賢者タイムの俺にはちょうど良いだろう。新たなスッキリを追い求めてみてもいいだろう。


スッキリした頭でQRコードを読み込んだ。

フォームの質問は意外に実務的で、履歴書と同じ項目が並んでいた。

職歴、家族構成、特技。

最近失ったものは?という欄だけが妙に刺さった。しかし残念だったな。


おれはバッチリ「童貞」とだけ書いて送信した。




翌日、指定された雑居ビルに行くと、白衣の女性が待っていた。

受付というより、研究者の雰囲気だ。


「では、三日間だけ“別の人生”を体験していただきます。あなたが望むのは……“成功した自分”ですね?」


俺は言っていない。童貞以外にしておけばよかっただろうか?しかし女性は、すべてを見透かしたように微笑んだ。


「成人向けサービスはこの場ではいたしません」


がっかりしつつ部屋の奥に通され、カプセルのようなベッドに寝かされる。

「目覚めたら、あなたの“もう一つの人生”です。楽しんでください」


そこで意識が落ちた。




目を開けると、そこはタワーマンションの最上階だった。見たことのない広い部屋、スーツの自分、

机には自分の名前が英語で刻まれた名刺。


俺は――起業に成功し、社員五十人を抱える社長になっていた。…成功しても50人?俺の想定だと0がもう一つ多いはずなんだがな!?


三日間は夢のようだった。まずは現実では起業に失敗して「オメーの大家さん」に起業資金をパクられて昼間から居酒屋で酔い潰れてサイフをパクられてバッチリスキミングされた俺のクレジットカードでスペシャルダッチワイフのマサミーユ、モエギーヌ、エロスターの三人と、そのオプション全てを格安14万円で買われて、使用履歴を見た警察官の顔が仏像のようになり、両親に別の意味で涙を流させることもなく自分の会社「ライノハウジング」で部下から頼られ、講演にも呼ばれ、

幼馴染と結婚して小さな娘までいる。

“これが俺が選ばなかった道なのか”と思うたび、胸の奥がきゅっと痛んだ。


まぁ、幼馴染といっさい寝ずに子供なんてシロモノがいる以上、幼馴染も心は俺と、肉体は別の男とそれぞれ繋がっていて、娘には血の繋がりだけはなかったというオチくらいは待っていそうだが。


そして三日目の夜、(今の時点では俺の)娘が膝に乗って言った。


「パパ、この三日間だけなんだよね?」


小さな声だった。俺は返事ができなかった。

心の繋がりさえあれば十分さ。そもそも現実じゃアイツは別の男と血の繋がりも痴の繋がりも結んでやがるんだからな!


次の瞬間、視界が暗転した。




目覚めると、自分のワンルームに戻っていた。

三日間の充足感は、夢の後のように薄れていく。


だが違和感はすぐに現れた。


あの女に自宅がバレた可能性が高いし、そしてそれは今後の人生のプラスにはならない


あと胴体、というか足の間が妙にかゆい。


スマホに着信が入っている。

母からだ。


「ねえ……あんた、家に帰ってすぐに「なんかもうおかしくなってきているから、病院に行きたい」と言ってたわよね?そういう性病みたいな感じがするのね?検査の予約は…」


人生が半壊した。意識ない間にカーチャンに何言ってんだよ俺は。このまんま向こうの人生に帰りたい。



なお、詳細は差し控えるが、この後、我が人生は局地的に久しぶりのプラスに転じた上に


浮き輪に穴が空いたように人生がゆっくりと、確実に崩れ始めていく瀬戸際だった!と言っておく。仮の人生に耽り込んであたら神経まで侵されて死んでたとも言っておく


これが童貞とフェアトレードならストリートファイターよろしぬ車を壊していた時代の日米貿易が裸足で逃げ出す貿易摩擦である


抗生物質がある時代で本当によかった。

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