第5話 磁廻天化【マグネティカ】
「さあ覚悟しな……
全身を駆け巡る荒々しい紫電。鎧の如く堅牢な鋼鉄の
ザルムを解放したジークスは、正しく異形とでも形容すべき姿に変貌を遂げた。
「フッ! ザルムに目覚めたみてぇだが、この俺には敵わねェよ! 死になッ!」
奴隷商はナイフを咄嗟に取り出して、ジークスへと振り
けれども次の瞬間、彼が屈強な筋力で握り締めていたのは空気であった。
「グエアッ! な、何だとォッ!?」
「残念ながら、コイツは俺が使わせて貰うぜ。」
ナイフが奴隷商の手を水流の如くスルスルと滑って、彼の首をグサリと突き刺した。
華麗なるオウンゴール。手どころか首に凶牙を喰い込ませた、獰猛なる狂犬の誕生。
付近の金属を意のままに動かす。ソレこそがジークスの異能である。
力の及ぶ範囲は御世辞にも広いとは言えないが、戦闘で一役買うのは確実だ。
「舐めやがってよォ! 俺も本気出してやらァ……
奴隷商は蜘蛛を彷彿とさせる漆黒の複眼を備えた、不気味な人型に変化した。
「刃物なんざ要らねェんだよ! くたばれェェ!」
またしても不可視の物体が、ジークスの元に次々と襲い掛かる。
対するジークスはナイフを宙で乱舞させ、奴隷商の攻撃を捌いてゆく。
だが視認不可というハンデは、余りにも戦況を不利に導いていた。
細胞の一つ一つが痺れて、ジークスの精神は粗い
「グアッ!」
(間違いねェ、コイツは見えない糸を操ってやがる。厄介な奴だな……)
「コレでくたばれ畜生がァァ!」
「アガッ、ゲホッ! 危ねェ真似しやがってッ!」
死を招く処刑人こと例の奴隷商は、最後の
ジークスが咄嗟に吐き出さなければ今頃、彼の臓器はネジが外れた機械の様に狂った鼓動を刻んでいただろう。
(クソッ、糸が体内に入ったら内臓麻痺で確実に死んじまう。だが裏を返せば、ソレ以外なら身体が痺れるだけで死なねェという事。ならば……)
「俺のターンはまだ続いてるぜェ? 死に晒す覚悟は出来てるかァァ!?」
「オイオイ……お前鏡に向かって話してんのか? 死ぬ覚悟なんざテメェが決めな!」
「フン! さよならだ、マヌケェ!」
奴隷商とジークスの距離は数メートル。しかし放たれた糸は、機械の如く正確な動きでジークスに肉薄してゆく。今や彼の口に侵入する一歩手前。ただ、穴の無いゴルフを攻略出来る者など存在しない。
「グアッッ!!」
あろう事か、ゴールの穴を塞ぐ無法者がいる。即ちジークスである。
ガラクタの山から針の様に鋭利な屑鉄を取り出して、己の唇に突き刺したのだ。
底無しの苦痛を伴う、拷問とでも言うべき糸無しの裁縫。
勝利を掴む為ならば、ジークスはソレすら
「じ、自分の口に屑鉄をブッ刺すだとォ!? この、この狂人がァ! イカれてる! イカれてやがるぞ……お前ェェ!」
(どれだけ身体が悲鳴を上げようと、コレでもう口を開く事はねェ。俺を痺れさせる事は出来るかも知れねェが、殺すのは絶対に不可能だぜ。こうなりゃ後はコッチのモンだ。)
「お、俺の糸捌きを舐めるなよォ!? 砂粒みてェに小せぇ穴でも、俺にかかりゃ……」
ジークスの体は麻痺したまま。頻繁にピクリと
糸を口内に通しさえすれば、奴隷商の勝利は約束されたも同然。
だがその為には、ジークスへの更なる接近を伴う。勿論、生還の保証は何処にも無い。
(クソッタレェ! 上手く入らねェ! こうなりゃもう一歩、もう一歩だけェェ……)
(入ったな、テメェ……俺の
「グエアッ! お、俺の手がァァッ! 何しやがるんだよテメェッッ!」
人形師に負けず劣らずの精巧な動きで、ジークスを嘲笑うかの如く
ソレらは刃の餌食となって、赤手袋と見紛う程に多量の鮮血で覆われている。
「アガッ……流石に無茶な真似だったか。だが、テメェを
口から滴る鮮血を拭きながら、淡々と奴隷商に接近してゆくジークス。
奴隷商のザルムは解除され、身体を拘束する痺れは完全に消失した。が、しかし。
「待ちなッ!」
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