第4話 代償と賜物

「此処から這い上がるには力が要る。だから俺は……異能ザルムを手に入れるぜ。」


 火を操る、雷を放つ、カブトムシをクワガタに変える、咳をした人間の臓器を粘土に変える、塩酸を舐めると知能指数が向上する……


 単純シンプルな物から変わり種まで、ザルムには多種多様の能力が揃っている。

しかしザルムの恩恵を授かるには、幾つかの壁を突破せねばならない。


「問題は石だな……金どころか財布もねェ。闇市で買うのはまず不可能。」


 冥晶石と言う名の風変わりな石。ソレに触れると、の者はザルムに目覚める。

全員ではなく、一部である。決してザルムは参加賞の景品ではない。

石に触る事と力を得る事は、等号イコールで結ばれてはいないのだ。


 だがその奇妙な石は、『自我』を持っているらしい。

一度はハズレを宣告した者にも、次の挑戦時には祝福を授ける例もあるという。


 力を貰えるか否かは、幸福の度合いや精神力が関係するとささやかれている。

迷信の域を出ないが、古来から今日まで紡がれてきた仮説である。


「仕方ねェ、奴隷商から奪うか。」


 奴隷市。万の墓場において、最大級の危険区域デッドゾーン

奴隷に向かってザルムが目覚めるか否かのテストを行い、失敗作は臓器売買の糧となる。

かつてのジークスならば確実に足を踏み入れないであろう、血の臭いが一層濃い地域。


 しかし今のジークスは、最早かつての彼ではない。

悪魔への憧れと尊敬リスペクト。最低限ではなく、高みを目指す貪欲さ。そして交わした再会の契り。


 その全てが、彼を一直線に突き動かしている。

けれどもジークスの冷静沈着さは、依然として引けを取らぬまま。

無謀な賭けには決して乗らない。彼には成し遂げられるという、確固たる信念がある。


◇◇◇


「放せ、放せよ……」

「黙れッ! 次その排水溝みてェな口を開きやがったら、血の噴水吹かせてから泥水とザリガニ突っ込んでやっからなァ?」


 闇に紛れて少年少女をさらい、犬の如く従順な奴隷カネを掻き集める。

倫理を欠いた一部始終。然れども、奴隷市においては日常茶飯事である。


(入った、遂に俺は入ったぜ……奴隷商共の縄張りテリトリーに。)


 ジークスは息を殺して、壁の隙間を睨み付けている。

少年が抵抗虚しくかせめられる様を目の当たりにして、彼はより一層肺をきつく締める。


「おいガキ。早くこの中入りな。」

「クッ……」


 奴隷商は親切な人間だ。人権を失った奴隷に対して、立派な家を献上したのだから。

土地面積およそ一平方メートルの、世間が檻と呼称する余りにも広々とした家を。

寝床も無ければ灯りも無い、非常に原始的で動物としての本能が落ち着く家を。


「フゥゥン! 今日の仕事終わりィィ! 俺は寝る。邪魔すんじゃねェぞ。」


 奴隷商は欠伸あくびこぼしながら地面に寝そべり、まぶたの裏を眺め始めた。

しばらくすると静寂にヒビが入って、雷の如く荒々しいいびきが一帯に響き渡った。


(待っていた……お前が羊を数え切るこの瞬間を、俺は切に待っていたッ!)

 

 万の墓場にける身分のピラミッドが存在したならば、この奴隷商は三角形、即ち頂点に位置するだろう。しかしジークスは。最下層の台形で生きるこの青年は。

その格差すらひるがえす、下剋上の一手を打たんとしているのだ。


「ッッ!!」


 囚われの少年は、無機質な鉄格子越しに息を呑んだ。

突如として、宵闇を裂いて現れた一人の青年。彼は慎重な足取りで、少年を絶望のふちに突き落とした奴隷商へと接近してゆく。


(見つけたぜ。まずはこのに触ってやる。ソレこそが、俺に課された第一の試練……)


 奴隷商のネックレスへ、ジークスはそっと手を伸ばす。

首飾りの心臓とでも言うべき、艶やかな薄紫の石に。

ジークスの右手と、石の距離。

即ち僅か数センチ。

けれど至らぬ。

ゼロには。


「グアァァッ! ア、アガッッ……」


 石を掴み取るその寸前、ジークスの四肢は『動』を知らぬ枝と化した。

病垂と卑しさと言う名の、下劣で忌まわしい葉が茂る枝に。


(馬鹿なッ!? 何も無かったハズだ。俺の視界に、妙な物なんざ映っていなかったハズ。だが……があるッ! 俺の身体を痺れさせた、見えねェがあるッ!)


 ジークスの手は確信した。自分は物体に触れたのだと。

しかし石の頑丈さとは無縁の、柔靭じゅうじんなる不可視の物体に触れたのだと。


「俺の睡眠を邪魔するんじゃなァァい! 折角グッスリ寝てたのによォォ! 廃品市に出してやらァ……このトンチキ目覚まし時計がァァッッ!」


 ザシュッ


 この世に生まれたその日から、ジークスという人間はろくな境遇にいなかった。

けれども五体満足ではあった。突然だが算数の話をすると、十引く一は九である。


 そう、奴隷商はまな板でもがくジークスを見るや否や、ナイフを光らせた。

そして『一』、つまりは彼の右人差し指を、惨たらしい事にね飛ばした。


「ク、クソッタレ……」


 敵の襲来を考慮しない、痴塗れの頭をした奴隷商。ジークスはそう考えていた。

しかし今となっては、彼自身の手が血塗れの憂き目にったのだ。


「フフフ! フゥゥン! 残念だったなァ、お前も俺が売り捌いてやんよ。」


 奴隷商は己のザルムをって、念入りな防御を練っていたのである。

ジークスの予想以上に油断ならぬ男。だが最も恐れるべきは、右手が四の青年だろう。


「ハァ……ハァ……」


 ジークスは地べたを這いずって、奴隷商とは真逆の方向に進み始めた。

蝸牛カタツムリですら憐れむ鈍重さ。しかし彼は何があろうと白旗を上げない。

誰かが無理矢理にでも上げさせたとて、ジークスならば己の返り血で旗を染めるだろう。


「痺れちまった両足でェ! この俺から逃げれると思ってんのかァァ?」


 奴隷商は勝ち誇っている。勝った訳ではないが、勝ち誇っている。


「オイオイ、俺は逃げてるんじゃねェぜ。テメェをブッ殺すという意思を持って、全身全霊で追いかけてんだ。そして今……俺は俺を超越するッ!」


「何ィィ!?」


 今のジークスにとって、鮮血が滴る人差し指は銃弾であり、彼の口は銃であった。

引き金トリガーの引き方は簡単だ。指を咥えて宙に放つ。それだけであった。


「捕らえた……」


 あの石は綺麗だった。持ち主の所為で泥を被ってはいたが、妖しく輝いていた。

いや、グロテスクに美学を見出す者からすれば、今の方がより一層綺麗なのだろう。

紫に煌めく例の石は、血のドレスを纏ってジークスに祝福を授けた。


「妙な感覚だ。本能が頭ン中に話し掛けて来るぜ……俺に目覚めた異能ザルムの事をペラペラと。ソレでもって、たった今理解した。だから俺はこう名付ける……『磁廻天化マグネティカ』とッ!」

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