第5話 後始末は……

 ヤマト達の戦いが終わった頃と、ほぼ同時刻に──スザクは横に広い造りの建物である外務省の前に到着した。雨が降りそうだな、と空を見上げながら敷地を歩き、正面玄関から中に入ろうとすると、ガラス扉の前にスーツ姿の柔和な表情の男性が1人立っている。

「スザク様ですね、お待ちしておりました。私は外務省職員の木田と申します」

「初めまして、スザクです」

 一瞬通名として使っている豊岡を名乗ろうか迷ったが、その必要はない、相手はこちらの正体は知っているのだから。案内されるまま、スザクは一階奥手にあるエレベーターに乗った。最上階までエレベーターは上がり、降りるよう促される。出たところにSPらしき人物が2人いた。

「失礼ですが、身体検査をさせていただきます」

 スザクよりは小さいが、明らかに格闘技の経験者であろう筋肉質の男にボディチェックを受ける。何も持ってきていないので問題はない。無事通されて、一番奥の部屋へ向かう。ドアが開くと、そこに二岡泰司が直立していたのでスザクは驚いた。その後ろには麻衣もいるではないか。

「初めましてスザクさん、外務大臣の二岡泰司です。孫娘の麻衣を救ってくださったこと、どんなに言葉にしても礼は尽くせません。本当にありがとうございました」

 スザクは両手での握手を返しながら、なるほど、義理人情に厚いタイプの人間か、と分析した。

「とんでもありません。私ではなく、部下のした事です。お孫さんがご無事で何よりでした」

 二岡は奥のソファへと案内する。麻衣に会釈を返したスザクは、既にソファに座っている4人の中に、1人金髪のスーツ姿の外人がいることにも驚いた。ぎこちなく外人の右横に腰を下ろす。雰囲気は歓迎されている、という感じか。正面に二岡が座り、麻衣が横に座る。という事は、もう全部聞かせるつもりなのか。意志の強そうな女の子だ、自分の身の上に起こったことを知りたい、とでも祖父に訴えて、根負けして呼んだというところか。最も、今回の件で二岡に疚しいところがあるわけでもない。

「スザクさん、私は警察庁公安課外務対策部部長の根本と申します。二岡大臣の隣は外務省東アジア大洋州局特別捜査員の南原、そちらは防衛省のとある局の局長の小野本です、内部秘密のため具体的な局名は教えられません、ご了承ください」

 ということはこの右隣に座っている男の名前、小野本ってのは偽名だな、と思いながらスザクはうなずいた。

「そして、左横に座っているのはCIX日本国担当捜査員のジュードです」

「初めましてスザクさん。ジュード・クリスと申します。今日はよろしくお願いします」

 金髪青い目の40歳ぐらいに見えるジュードは気さくに微笑んで、完璧な日本語で挨拶してきた。取りあえず握手を交わす。ガチのCIXの工作員までお出ましとは……とスザクは内心引いていた。根本が話しはじめた。

「今回の件なのですが、スザク様たちがどういう人なのか、また、麻衣さんを浚った組織や動機などは全て把握しております。仲国共参党の実質の下部組織である“餓虎”の日本工作部によるものなのです」

「そこまでは実は私も独自のルートで調べて把握しています」

「ワシの孫娘をさらって強姦し撮影して脅迫の材料に使おうなど、いかにも外道の仲共のやりそうなことだ、絶対に許さん!!」

 突如激情に駆られた二岡が大きな声を上げた。根本と南原が必死になだめる。横からジュードが話しはじめる。

「私たちの得た情報によると、餓虎は既に失敗したという事で麻衣さんの誘拐はもう諦めています。もうしばらくは警備は続けるべきですが。その代わり……」ジュードは横にいるスザクに話しかける。

「餓虎は、“狼侠”への復讐だけはやり遂げるつもりです。今頃あなたの自動車工場へ行っているはず」

「なんですって!」

 今度はスザクが大声をあげた。しまった、部下をパソコンなどの回収に向かわせてしまいました、と素直に話した。眉をひそめたジュードが、すぐに連絡してみましょう、と提案したので、スザクはスマホを取り出してすぐにアカリに電話をかけてみた。すると、普通の声で出る。

「アカリ、大丈夫か!? そっちに餓虎の連中が向かっているという話なんだが」

「ああ、もう大丈夫よ。全滅させたよ。1人逃げたけど。あと、ヤマトが右腕に怪我したけど、まあ大丈夫」

 スザクは安堵の余り、ソファからずり落ちそうになった。

「よかった、よかった……お前らが勝ったんだな、誰も死んでいないんだな」

「当り前よ。狼侠は無敵よ。それでさ、取りあえずRegalwestに全員戻ろうと思うんだけど、いい?」

「ああ、そうしてくれ。それで、こちらの話し合いはまだ終わっていないんだ。終わり次第俺も向かう、よろしく」

 スザクは通話を終わらせた後、これでどうなるのか? という視線をジュードに送った。ジュードは嬉しそうに微笑み、スザクの肩を叩いた。

「Great。素晴らしいです。おそらく鳳飛の部下はもうほぼ残っていないはずです。死んだ人間が誰か、で少し変わるのですが、おそらくこれで、“取引”を持ちかけることが出来ます」

「取引とは何だね? ワシは、麻衣を救ってくれた狼侠の人たちをどうにか守りたいのだが……」

 二岡が心配そうに尋ねる。ジュードは二岡にウインクをして、これからやろうとしていることの説明を始めた──。


 太陽が地平線に沈み、星々が夜空に輝きだす頃、鳳飛は怒りのあまり、屋敷中を行ったり来たりして、スマホを見ては、扉を蹴飛ばし、壁を殴り、無意味に咆哮したりしていた。もう牛鬼に何十回連絡したか分からない。そして、ことここに至っては、牛鬼たちが返り討ちにあって全滅したことすら覚悟しなければならないことを悟り、よろよろと食堂の椅子に腰を下ろし、頭を抱えた。もし、それが事実なら、俺は老板に間違いなく始末されるだろう。なんてことだ……と大きく息を吐いた時、スマホが鳴った。とびつくように電話に出る。

「やあ、鳳飛。久しぶりだな。俺を覚えているか?」

「な、お前はジョ、ジョードか? 一体何の用だぁ?」

「いや、今のお前の状況をたまたま知ってしまってな。慰めの言葉をかけてやろうかと思ってな」

「なんだと貴様……何を知ってるっていうんだ」

「全部だよ。牛鬼が今朝〇×国道で事故死したのもな。なんなら死体の写真も持ってるぞ。メッセで送ってやろうか?」

 鳳陽は呻いた。さすがCIXというべきか……

「最初に小娘を拉致するのを邪魔したのもお前の指図か。狼侠ってのはお前らの下部組織なのか」

「それは違うと明確に言っておく。偶然だよ。ところで、俺はお前を救いたいと思っているんだが」

「はぁ? お前が? 何を言ってやがるんだ?」

「まあ聞けよ。このままだとお前は餓虎の仲国の本部に殺されるのは間違いないわけだ。これだけ不始末をやってしまったのだからな」ジュードが重い調子で話す。

 鳳飛は強がって返す言葉すら浮かばなかった。自分の運命に思いを致し、目の前が真っ暗になるようだ。

「ところがだ、牛鬼が裏切っていたことにすればお前は助かる。そうだろう?」

「な、なんだって? 牛鬼が? どういうことだ?」

「飲み込みの悪い奴だ。最初の誘拐の失敗も、報復の失敗も、組織に反逆するつもりだった牛鬼がわざとやったことにするんだよ。日頃から業務に熱心でなく、裏家業をやめたがっていた、と。最後は普通に事故死したことにすればいい」

「ああ……全てあいつのせいにするのか……でも……」

「物証が欲しいならメールでもなんでも偽造してやるよ。後はお前が上手い事話を作ればいいだろう。それならお前は責任がない、という事で処分されずに済むだろう」

「なるほど……裏切られていたことにするのか。ふむ、それはいいかもな」

「物証はこの後作って送ってやるよ。その代わり一つ約束しろ。狼侠とはこれで終わりだ。今後二度と関わるな」

「あー、分かったよ。もういいよどうでも。早く送ってくれ、見抜けないレベルのだぞ」

 はいはい、じゃあなまた連絡する、と言ってジュードは通話を終わらせた。鳳飛は、しばらく放心したように食器棚を見つめていた。俺は……生き残れそうだな。テーブルの上に置いてあったフォークで、皿を2,3回叩いた。その音だけが広い邸宅に響き渡った。


 高層マンションの自宅から電話をかけていたジュードは含み笑いをしながらスマホをテーブルに置いた。これでいい。「敵」は無能に限る。素人の娘1人ろくに拉致も出来ない無能がトップにいる限り、日本国内での仲国の工作は全て失敗に終わるだろう。私の任務は、日本国を様々な国の工作から守る事。ジュードは開いたままのノートパソコンを操作し始めた。無能のために偽造メールでも作るか。無心でキーボードを叩くジュードの背中は少し曲がっていた。

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