コードネーム“ヤマト” 殲滅せよ

平山文人

第1話 誘拐を防ぐ

 半月が闇夜に静かに輝いている深夜の日付が変わる少し前の県道を、グレーのスカイライン400Rが疾走している。メーターは時速100kmに到達しようとしていた。アクセルを踏みっぱなしにしている、短髪で前髪を立てている若い男の顔には笑みが浮かんでいる。ヤマトは車を飛ばすのが何よりも好きで、今楽しみに向かっているのは高速への入り口だった。ふと、左車線を走っている車体もスモークも真っ黒のアルファードが目に入った。ヤマトの動体視力は常人を遥かに超越していて、なんと10.0もある。その彼が横を追い抜く際に見たものは、後部座席で2人の男と、挟まれて座っている猿ぐつわをされた若い女性だった。

 彼は今持っている武器は右ポケットに入っている小型の折り畳みナイフだけか、と確認し、一旦左車線に入り適当なところで国道を抜けて、街中の道路に入った後、再び国道に戻る。少し飛ばすとやがて闇夜を走る黒い金属の塊が視界に入った。このまま進むと、長いトンネルに入り、その後は四峰山へと登っていくことになる。

 山中でレイプするつもりか。ヤマトは自らの出自が強姦による母の妊娠の結果であることを知っていたので、本能のレベルでこういう強姦魔たちを嫌悪していた。これまでに数回、このような拉致によるレイプを防いだことがある。トンネル内のオレンジのナトリウムランプが若干疎ましい。早く抜けないかな、と思っていると不意に終わって、車道は登りカーブが続く。彼はこの辺りの地理を思い出した。そうか、ラブホテルに入るのか。四峰山には幾つもの装飾のけばけばしいラブホテルが立ち並んでいて、若者によく利用されている。

 

 若い女性を拉致しているであろう黒のアルファードはやがて速度を緩め、安っぽいお城のような外見のラブホテルの駐車場に入っていく。ヤマトは素早く周囲を見ながら後を追ってスカイラインを徐行させる。尾行しながら、少し嫌な予感がしていた。運転が上手いのだ。そこらの反グレなどとは違う何かを感じていた。敢えて言うなら、同業者の匂いだ。案の定こんなラブホテルでも防犯カメラがある。入口天井の防犯カメラの撮影範囲を頭に入れながら、ヤマトは助手席のダッシュボードを開け、目出し帽を被り、一番手前の開いているところに素早く車を停めて顔を伏せる。右端の視界にあるアルファードは停車したまま誰も出てこない。と思っていたら出てきた。

 1人は肩から大きなカバンをかけ、残りの2人が女性の腕の下に腕を入れて挟んだまま、ラブホ内へと入っていく。ヤマトは音も立てず車を降りて、足音を消しながら近づき、ちょうど先頭のカバンを持った男が入り口の引き扉を開けようとした時、全力の左拳を左側で女性を掴んでいる男のこめかみに叩きつけた。崩れ落ちる男は無視し、すぐにしゃがみながら右側の男の足首を掴み、思い切り体ごと後ろに飛ぶ。男は体をひねり正対までは出来たが、後頭部をコンクリートの床に打ち付けた。なんとか体を起こそうとした次の瞬間、ヤマトが思い切り顔面を全体重をかけて踏みつけた。それと同じタイミングで大きなカバンを下ろし、胸から拳銃を出そうとしている男の前に踏み込んで、その右手を両手で押さえる。同時に全体重をかけて頭突きを鼻っ柱に食らわせ、拳銃を奪い取った。S&W M360Jか……。リボルバーは余り好きじゃないな、と思いつつヤマトは強烈な前蹴りを放ち、更に踏み込んで肘打ちを鼻に叩き込んだ。男は鼻血を吹いて呻きながらうずくまる。髪をオールバックにしてはいるものの、堅気に見えなくもない外見だ。ヤマトは振りむいて後ろの二人が失神しているのを確認してから、話しかけた。

「お前はどこのもんだ。素人じゃないよな」

 何も言わない。素人じゃないということは、素性を明かさない訓練を受けているということだ。ヤマトは思考を巡らせた。素人ではないが、格闘技術はたいしたことないということは、……国家とか警察とかそっち系か。右手に持っているS&W M360はお巡りさんの持っているベタな拳銃だし。となると、殺さないほうがいいか。死体の処理も3体では手間がかかるし。とりあえずこの娘だけ連れて帰ってボスに相談しよう。

「一応聞いてみるけど、お前らは警察官か?」

 やはり返事がない。リボルバーで思い切り頭を殴って失神させ、ズボンの後ろポケットにしまい、床に座り込んで震えている女性に優しく声をかけた。

「驚いたね、もう大丈夫だよ。帰ろう」

 足がすくんで立てない女性の手をゆっくりと引いて、一歩一歩ヤマトは歩いた。そして、予感していた。これからかなり大変な事が起こると。ヤマトは軽く舌打ちしたが、後悔はしていなかった。助手席で震えている一人の女性、どこの誰かも分からないが、ひとりの女性が強姦されずに済んだのだから。ヤマトの顔にはむしろ微笑みさえ浮かんでいた。闇夜の月の光が疾駆するスカイラインを仄かに照らしていた。

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