第20話

反省会 ~温かいラーメンと苦いコーヒー~

 すべての騒動が収束した、ある冬の夜。

 獄門高校の校門横に、ぽつんと灯る赤提灯があった。

 購買部の兄ちゃん――喜助が営む、夜の屋台である。

 白い湯気が立ち上る中、カウンターには三人の影が並んでいた。

 佐藤健義、堂羅デューラ、桜田リベラ。

 彼らの前には、空になった丼と、飲みかけのドリンクが置かれている。

「……ふぅ」

 佐藤が眼鏡を外し、曇りを拭き取った。

「長い戦いだったな」

 その言葉に、堂羅がブラックコーヒー(缶)を回しながら頷く。

「ああ。PTAのババア……いや、西園寺会長か。あの壁は分厚かった。俺の拳も、お前の理屈も、最初は通じなかった」

「でも、最後は勝ちましたわ」

 リベラが、デザートの杏仁豆腐をスプーンで突きながら微笑む。

「託児所(ごくもん保育園)は無事に稼働。真理さんは休学中ですが、レポート提出で単位は認定される。……完璧な勝利ですわ」

 三人の間には、以前のような刺々しい空気はなかった。

 あるのは、同じ修羅場をくぐり抜けた同志としての、静かな連帯感だ。

 佐藤は、内ポケットから一通の手紙を取り出した。

 真理から託された手紙だ。

「……彼女がこれを。読み上げるぞ」

 佐藤は咳払いをし、少し照れくさそうに読み始めた。

『佐藤会長、堂羅団長、リベラ様、そして先生たちへ。

 本当にありがとうございました。

 あの時、皆さんが守ってくれなかったら、私はきっと、お腹の子と一緒に消えていたと思います。

 皆さんが作ってくれたこの道(前例)を、私が途切れさせないよう、立派なお母さんに、そして卒業生になってみせます。

 ……追伸。子供の名前、男の子だったら「健義」か「デューラ」にしようと思ったんですけど、漢字が難しいのでやめました』

「ぶっ」

 堂羅がコーヒーを吹き出しそうになった。

「賢明な判断だ。デューラなんて名前、昭和じゃ虐められる」

「あら、リベラなら可愛かったのに」

 リベラが残念そうにする。

 佐藤は手紙を丁寧に畳み、ポケットにしまった。

 その表情は、どこか憑き物が落ちたように穏やかだった。

「……今回の件で、僕は思い知らされたよ」

 佐藤が夜空を見上げる。

「法(ルール)は万能じゃない。……僕が憲法論を振りかざしても、西園寺会長の『感情』は動かせなかった。事態を動かしたのは、雪之丞先生のなりふり構わぬ土下座(情熱)と、リベラの現実的な投資(金)、そして堂羅の生徒を鼓舞する力(カリスマ)だった」

 佐藤は自嘲気味に笑った。

「六法全書だけじゃ、人は救えないんだな」

 堂羅が、ゴツい手で佐藤の背中をバンと叩いた。

「痛っ!?」

「辛気臭ぇ顔すんな。……六法全書(お前)が道を切り開いたから、俺たちが走れたんだろ。最初の『退学届は無効だ』って啖呵……あれがなきゃ、誰も動けなかった」

 リベラも頷く。

「ええ。法律という『骨組み』をあなたが作り、私たちが『肉付け』をした。……最高のチームワークでしたわよ?」

 二人の言葉に、佐藤は耳を赤くして、慌ててタバスコの瓶を探すフリをした。

「……ふん。買いかぶりすぎだ」

 その時。

 カウンターの奥で黙って聞いていた喜助が、中華鍋を振るった。

「へい、お待ち! 店主からの奢りだ!」

 ドン、ドン、ドン!

 三人の前に、新しいラーメンが置かれた。

 だが、その見た目は異様だった。

「……喜助。なんだこれは」

 丼の表面が、紅白の渦巻き模様で埋め尽くされている。

 ナルトだ。大量のナルトが、麺が見えないほど敷き詰められている。

「『祝いラーメン』だよ。赤と白でめでたいだろ?」

 喜助がニカッと笑う。

「センスがないな!」佐藤がツッコむ。

「練り物ばっかり食えるか!」堂羅が怒る。

「あら、コラーゲン(?)たっぷりで素敵」リベラだけは面白がっている。

 文句を言いながらも、三人は箸を割った。

 ズズッ。

 温かいスープと、安っぽいナルトの味が、体に染み渡る。

「……なぁ」

 堂羅がナルトを噛み締めながら言った。

「俺たちがやったこと……歴史を変えちまったんじゃないか? 本来なら退学していた生徒を救い、託児所なんて未来の施設を作っちまった」

「構わんさ」

 佐藤がきっぱりと言った。

「悪い歴史なら、書き換えればいい。……それが『修正申告』というものだ」

「うまいこと言ったつもりですか?」

 リベラが笑う。

「我々は『獄門三田会』だ。……独立自尊の精神で、この時代を、我々の手で『文明開化』させる。まだまだ、やることは山積みだぞ」

 佐藤の言葉に、二人は力強く頷いた。

 遠くの空に、一番星が光っていた。

 現代に帰る方法はまだ見つからない。

 だが、この昭和の泥臭い日々も、悪くないと思い始めている自分たちがいた。

「……さあ、食ったら帰って勉強だ。期末テストは終わったが、次は模試があるぞ」

「げっ、まだやんのかよ鬼コーチ」

「ふふ、次は全国一位を目指しますわよ」

 屋台の暖簾が揺れる。

 笑い声と共に、夜は更けていった。

 『天上天下唯我独尊の法曹トリオが獄門高校に降臨!』

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​『天上天下唯我独尊の法曹トリオが獄門高校に降臨! タバスコ生徒会長、スイーツお嬢様弁護士、そして鬼検事が繰り広げる、仁義なきスクール・ライフ』 月神世一 @Tsukigami555

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