第10話

三田会の結成 ~ラーメン屋の誓い~

 戦いは終わった。

 修羅道高校の撃退から数日が経ち、獄門高校には奇妙な静寂が戻っていた。

 だが、校舎はボロボロだ。窓ガラスはベニヤ板で塞がれ、壁は焦げ跡だらけ。

 生徒たちは勝利に湧いているが、佐藤健義の表情は晴れなかった。

(……勝った。だが、これは一時的なものだ)

 屋上で風に吹かれながら、佐藤は思う。

 暴力で制圧しても、また新たな暴力が生まれるだけ。恐怖で支配しても、いつか反乱が起きる。金で解決しても、金の切れ目が縁の切れ目だ。

(僕たちが目指す「法治国家(スクール)」は、こんな砂上の楼閣じゃないはずだ)

 そこへ、二人の足音が近づいてきた。

 包帯を巻いた堂羅デューラと、少しやつれた様子の桜田リベラだ。

「……珍しいな。黄昏れているのか、生徒会長」

「あら、勝利の余韻に浸るには、ここ(屋上)は風が強すぎてよ」

 三人は並んでフェンスに寄りかかり、沈みゆく夕日を見つめた。

「……なぁ。俺たちは勝ったが、何も変わっちゃいない気もする」

 堂羅がポツリと言う。

「ええ。修繕費の請求書を見て、目眩がしましたわ」

 リベラが溜息をつく。

「……腹が減ったな」

 佐藤が言った。

「ああ」

「ええ」

 言葉はそれだけで十分だった。

 三人は示し合わせたように、校舎を後にした。

 ◇

 夜。

 校門の横、赤提灯が揺れる屋台があった。

 喜助の店だ。

「へい、らっしゃい。……今日は貸切にしといたぜ」

 喜助はねじり鉢巻を締め直し、ニヤリと笑った。

 三人はパイプ椅子に座る。

 注文はいつものアレだ。

「……タバスコマシマシ地獄ラーメン」

「ブラックコーヒーと、ラーメン(麺硬め)」

「特製プリンと、紅茶ラーメン(アールグレイ風味)」

 常人なら顔をしかめるオーダーだが、喜助は手際よく中華鍋を振るう。

 ゴォォッ!

 赤い炎が上がり、食欲をそそる香りが夜風に乗る。

 ドン、ドン、ドン。

 三人の前に丼が置かれた。

 ズズッ。

 麺を啜る音だけが響く。

 温かいスープが、戦いで荒んだ心に沁み渡っていく。

「……喜助。君の情報網で、この学校の歴史を調べたか?」

 佐藤が箸を止めずに聞いた。

「ああ。……この獄門高校、実は戦前は名門校を目指していたらしいぜ? 初代校長が掲げた理念は『独立自尊』。……どっかで聞いた言葉だな?」

 三人の箸が止まった。

 『独立自尊』。

 それは、彼らの母校・慶應義塾の創始者、福沢諭吉の教えそのものだ。

「……なるほど。因果なものだ」

 堂羅がコーヒーを煽る。

「私たちがここに呼ばれた理由が、少し分かった気がしますわ」

 リベラがプリンを掬う。

 佐藤は眼鏡を外し、丼の湯気で曇ったレンズを拭いた。

「……我々は間違っていたのかもしれない。法を振りかざし、力を誇示し、金で解決する。それは『対症療法』に過ぎなかった」

 佐藤は二人を見据えた。

「この学校に必要なのは、恐怖政治じゃない。『学問』だ。己の頭で考え、己の足で立つ力……それを生徒たちに植え付けることだ」

「……勉強嫌いのヤンキー共にペンを持たせるか。骨が折れそうだな」

 堂羅が苦笑するが、その目は楽しそうだ。

「でも、最高の投資ですわね。不良が進学校の生徒に生まれ変われば、その付加価値は計り知れませんわ」

 リベラも目を輝かせる。

 佐藤は、飲みかけのタバスコの瓶を掲げた。

「結成しよう。我々の知識と経験を総動員し、この獄門高校を日本一の『法治学校』へと改革する組織を」

「名前は?」堂羅が聞く。

「決まっているでしょう?」リベラが笑う。

 三人の声が重なった。

「「「獄門三田会(ごくもんみたかい)」」」

 カチン。

 タバスコの瓶、コーヒーの缶、そしてティーカップが乾杯の音を立てた。

 喜助が、カウンターの奥で肩をすくめる。

「……へいへい。面白くなりそうだ。俺も影ながら(情報屋として)一枚噛ませてもらうよ」

 ◇

 翌朝。

 全校集会。

 壇上に立つ佐藤、堂羅、リベラの姿は、以前とは違って見えた。

 ただの恐怖の対象ではない。圧倒的なカリスマ性を纏った「指導者」の姿だ。

「全校生徒に告ぐ!!」

 佐藤の声が響き渡る。

 タバスコを一舐めし、スイッチが入ったその瞳は、未来を見据えていた。

「本日より、校則を一新する! 我が校の校訓はただ一つ……『独立自尊』だ! 己の責任において自由を掴み取れ!」

「従わない奴は、俺が叩き直す! ……勉強(ぶつり)でな!」

 堂羅が竹刀(ではなく巨大なチョーク)を構える。

「成績優秀者には、素晴らしいご褒美を用意してありますわ♡ 奮って参加なさい!」

 リベラが札束(のような参考書タワー)を見せる。

 生徒たちのざわめき。

 その中には、スケバン姿をやめて制服を正しく着た早乙女蘭や、二日酔いだがキリッとした顔つきの平上雪之丞、そして安堵の表情を浮かべる井上校長の姿もあった。

 雷と共に始まった、法曹トリオの昭和タイムスリップ。

 彼らが現代に帰れる日が来るのかは、まだ誰にも分からない。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 獄門高校の伝説は、ここから始まるのだ。

 『天上天下唯我独尊の法曹トリオが獄門高校に降臨!』

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