死にたがり

大人のおもち

第1話 ゲーム開始

 目を開けると、見覚えのない天井がぼんやりと視界に入った。上体を起こし、周囲を軽く見渡した。静かすぎるほど清潔な部屋だった。

 サイドテーブルの紙に手を伸ばしかけて、指先が止まる。

 その瞬間、記憶が戻った。


 俺は「臓器提供と引き換えに安楽死してくれる病院」に来ていた。医師から一晩考える時間を与えられた。俺の筆跡で九十九克朗つくもくろうと誓約書に署名していた。目が覚めても、気持ちは変わっていなかった。


 誓約書をサイドテーブルに戻した瞬間、男の声が静かに響いた。

『九十九様、診察室にお越しください』


 スリッパの音を立てて病室を出た――そう思った次の瞬間。


 目の前に広がる空間には、中央に巨大なモニターがあり、その左右には扉が見えた。人の気配を感じ、振り向くと患者服を着た女は、ただこちらを見ているだけだった。女が何者か考える間もなく、野太い声が響き渡った。

『おはようございます。これより、おふたりにはゲームを開始していただきます』


 モニターに札束の山が映り、視線がそこから離れなかった。

『参加される方には、現金三億円をご用意いたします。辞退しても構いません。参加される方は挙手してください』


 俺は、生きることに疑問を感じていた。飯を食って寝るだけの毎日に、どんな意味があるのか考え続けていた。生命活動という意味では、確かに生きている。だが、人間として生きていないことに気づいた。自殺をすれば、マンションの管理会社に迷惑をかけてしまう。いのちの電話は少し違う。


 そう思って、安楽死させてくれる病院を探した。臓器を提供する条件を飲む形で、誓約書にサインした。この命が誰かのためになると思い、安心して死ねる。そう決めていたはずなのに、なぜか少しだけ迷いが生まれた。


 俺は手を上げた。隣を見ると、女の口角がわずかに上がったように見えた。


『これから、かくれんぼを行っていただきます』

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