天使屋やってる。

イズラ

天使屋やってる。 -1-

「……天使屋?」

 少し離れて看板を見ていると、中から物音が聞こえてきた。何かをバンバンと叩く音だ。俺は首を傾げつつ、少し興味が沸いた。まぁ、それも冗談半分のもので、単に「新しいこと」に目を背けたかっただけだ。そうでもしないと、じきに心が壊れると思った。


 お母さんが死んだ。

 覚悟はしていたが、突然の通告だった。


 店に入って、十秒ほど見つめ合った。

「いらっしゃいませー」

 ようやく口を開いた。

 正面のカウンターを挟み、椅子に座っている女性店員。依然、何のつもりか分からない微笑みを浮かべている。かなり綺麗だ。

「……あの」

「天使の貸付ですよね?」

 俺の声など聞こえなかったのか、女性店員は容赦なく被せてきた。

「……え、いえ」

「貸付でしたら、一週間で七万円になります」

 返事を許さない強引な話し方。いや、機械的にも思えた。

「……ち、違います!」

 慌てて大声を出すと、女性店員の口元が若干強張った。

「……お店の名前が気になったので……! 興味本位っていうか……」

 俺が声をこもらせると、女性店員は真顔のまま、「そうですか」と返事を返す。かと思えば、少し表情を緩めた。

「それでしたら、紹介させていただきます。──当店『天使屋』は、”天使”の貸出サービスを行っております」

「……え?」

 女性店員は一切姿勢を崩さないまま、淡々と続けた。

「天使です。少女の姿をした天使を、一週間七万円で貸し出しております。……ご安心ください。すでに多くのお客様がご利用しています。」

 店員は少し察したように、付け足して説明をした。

 状況が飲み込めない俺は、とりあえず逃げ出そうと思った。こんなの詐欺に決まっている。さっさと警察に通報して、こいつを逮捕してもらおう。そう思った。

「借りますか?」

「……大丈夫です。あの、俺、もう帰り──」

「No.D2094」

 女性店員はまたもや俺の言葉を遮り、後ろに叫んだ。

 もう、ダメだ。走って逃げ出すしかない。このままでは犯罪に巻き込まれる。

 そんな確信があったのに、俺は逃げ出せなかった。

「早くこちらに」

 その顔を見て、すべてが止まってしまったのだ。

「──はい」

 女性店員の背後に隠れていた扉が開き、少女が姿を見せた。

 不快なほど真っ白なワンピース。浮かぶような、質量がないかのような足取り。頭上に付いた”天使の輪”。──そして何よりも、可愛かった。

「No.D2094です」

「新しいお客様ですよ」

 女性店員はそれだけを少女に伝えると、再びこちらに向き直った。そして、まるで読み上げbotのように言葉を羅列した。

「紹介が遅れました。わたくし、天使屋の店長、サイコです。貸出は一週間後の、6月24日日曜日ですね。支払いは、今日中に七万円、銀行に振り込んでおいてください。詳しくはこの子が伝えます」

 間髪なく話す様子は、本当に機械そのものだった。

「期限は厳守です。それでは、お楽しみください」

 それまで高速テンポで話していたわりに、お辞儀だけは丁寧だった。

 そんなことを考えているうちに、肌が風に触れた。

 見回すと、俺がさっきまで歩いていたシャッター街だった。

 声を発することすらできない。何が起こったのか分からない。

 とにかく、俺はそばに立っている少女に話しかけた。

「……”天使”?」

 混沌とした意識の中で、まともな質問すら思い浮かばなかった。

 少女はただ俺の目を見て、黙り込んでいた。

 やがて、俺は彼女に背中を向ける。

「……それじゃ」

 その言葉を残して、走り出した。

 走り出した俺は、すぐに腕を掴まれた。

 転びそうになりながら振り返ると、少女が睨んでいた。

「お金、払ってください。それまで帰っちゃダメです」

 少し舌足らずで、口を尖らせた喋り。

 本当に、中学生くらいの子供だった。

「……銀行、一緒に行きましょう」

 目は、若干白みがかっていた。

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天使屋やってる。 イズラ @izura

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