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 横浜市よこはまし中区なかく新港しんこう


 このエリアは、海に面した埋立地うめたてちである。有名な『赤レンガ倉庫そうこ』や大観覧車だいかんらんしゃである『コスモクロック21』などが立ち並ぶ、人気の観光スポットだ。


 ここでテロリストがねらうなら、横浜のシンボルであるコスモクロック21だろう。


 なぜなら、この観覧車を破壊はかいできれば『日本の治安力はゴミカスである』と世界中にアピールできるからだ。そうなれば、横浜におけるテロビジネスはさらに加速し、悪人たちは大儲おおもうけできる。他にもいくつかターゲットの候補こうほはあるものの、最強戦力であるれえなを待機たいきさせるならここしかない。


 ――それはともかく、鈴理すずりたちはぷらぷらと散歩をしていた。


「ふたりはどういう関係ですか? 付き合ってるんですか?」


 英美里えみりがれえなに聞いた。


「え、なんで? 普通ふつーに友達だよ」


 れえなの回答に、英美里が納得なっとくいかない様子ようすで「……そうですか」と言った。


 三人は赤レンガ倉庫の近くを歩いている。午後の空は晴れていて、周囲にはいくらかの観光客かんこうきゃくが歩いていた。ボスからの連絡れんらくはまだなく、次の命令が出るまでは自由時間である。


「私のこと、好きですか?」


 れえなの横を歩く英美里えみりが、再び質問した。


めてくれる人は誰でも好きだよ」


「……誰でも?」


 眉間みけんにしわを寄せた英美里が、しつこくれえなに質問する。


「じゃあ、私のことはどう思いますか?」


「?? よくわかんないけど、かわいいなって思うよ。ピンクの髪も似合ってるし」


 質問の意図を理解していないれえながそう言うと、英美里は「うへへ」としまりのない笑みを浮かべた。そして彼女は、


「じゃあ、私と港川みなとがわさんのどっちが好きですか?」


 などという質問をした。


「それはさすがに鈴理のほうが――いったぁ!? まって、いたいいたいっ」


 答えかけたれえなが、二の腕を思いっきり鷲掴わしづかみにされて痛がっている。英美里は、両手でれえなの腕をにぎりつぶしつつ再び質問した。


「私と港川さん、どっちが好きですか……っ??」


「え、英美里ちゃん! 英美里ちゃんのほうです!」


「よかったあ~」


 心底ほっとした表情を浮かべる英美里が、れえなの腕を解放かいほうする。


「い、いたかった……」


 暴力ぼうりょくくっして意見を曲げたれえなが、涙目で自分の左腕をさする。それにちょっとむかついた鈴理が、


「れえなは私のこと好きだよ」


 と口をはさんだ。


「鈴理さん?」


 あびえた様子のれえなを無視むしして、鈴理が続ける。


「この前家に招待しょうたいされたし」


「ねえまって」


誕生日たんじょうびプレゼントももらったから」


「ねえ! 火に油を注ぐのやめようよ!」


 れえなは恐る恐るといった顔で、英美里の様子ようすを確認した。しかし彼女はれえなのことを見向きもせず、「……そうですか」なんて小さく言ったのち、地面を見つめながらブツブツとつぶやきはじめた。


「やっぱり二人は付き合ってるんですね、そうやって私をピエロ扱いしてわらってたんですね、最悪です、本当に最悪、私のことなんて誰も愛してくれない、私はこんなにも愛したいのに、誰も愛させてくれない、こんな世界なんて終わっちゃえばいいんだ――」


 やばい、こいつ本物だ。あまりにも情緒じょうちょが不安定すぎる。


「大丈夫……?」


 思わずといった様子でれえなが声をかけると、「……よし」となにかを決心した英美里が、顔をあげてこう言った。


「もういいです。死にます」


「えっ」


「れえなちゃんを殺して、そのあと私も死にます」


「なんでわたしまで殺されるの!?」


 おどろくれえなに、英美里がほほえみを向けた。


「安心してください。よく切れるカッターをたくさん持ってますから」


「なんでそんなの常備じょうびしてるの!?」


 れえなのツッコミなど聞こえなかったかのように、英美里がスクールバッグをあさる。すると、大量の錠剤じょうざいがバラバラと地面に落下した。


「な、なにそれ……」


 恐る恐る、れえなが聞く。


市販しはんのカフェイン錠剤じょうざいです」


「なんでそんなにいっぱい持ってるの……?」


「……えへへ。照れますね」


「いまのどこに照れる要素ようそがあったの!?」


 カフェイン錠剤じょうざい大量たいりょう摂取せっしゅすると中毒ちゅうどくになって死にいたる。良い子なら絶対にやめといたほうがいい。


「もういいよ、れえな。はやくこの脳みそピンクを精神せいしん病院びょういんにぶちこもう」


 鈴理が言うと、むっとした様子の英美里が、


「どうして私が病院に行かなきゃいけないんですか!」


 なんて抗議こうぎしてきた。どうしても何も、よく切れるカッターや大量のカフェイン錠剤じょうざいを持ち歩いているのは、残念ながら『こころの病気』というやつだ。


 とはいえ、普通に答えるのもおもしろくない。鈴理は少しだけ考えてから、こう答えてあげた。


「れえなみたいなポンコツを好きになるのは、頭がおかしいやつだけだから」


「ひど! なんでそんなこと言うの!?」


 れえなが口をとがらせて文句を言った。


「本当に性格の悪い人ですね! まるで悪魔です。いますぐ地獄じごくに帰ってください!」


 顔をしかめた英美里が抗議こうぎしてきた。


「うるさいピンクだな。そっちこそ、さっさとお花畑に帰ったら?」


「ちがいます! 私はお花畑出身じゃないですっ!」


 顔を真っ赤にして怒った英美里が、抗議を続ける。


「だいたい、港川さんだって頭がおかしいってことになるじゃないですか!」


「……は?」


 言っている意味が分からず、鈴理が首をかしげる。まなじりを吊り上げた英美里が、


「だって、あなたもれえなちゃんのことが好きなんですよね?」


 なんて言ってきた。


 そこで鈴理は、さっき自分が言ったセリフを思い出す。『れえなみたいなポンコツを好きになるのは、頭がおかしいやつだけだから』。つまり英美里は、れえなのことが好きな鈴理も頭がおかしいことになる、と指摘してきしているのだ。


 でも待ってほしい。そんなにわかりやすかっただろうか。


 たしかに鈴理はれえなのことを可愛いと思っているし、意地悪いじわるして困らせたいとも思っているが、それはうまいこと隠せているつもりだった。それを一発で見抜みぬかれるほどに、『好き好きオーラ』が出ていたんだろうか?

 

 そう考えているうちにずかしくなってしまい、鈴理はそっぽを向いて、


「すっ……好きじゃないし」


 などというツンデレみたいな回答をしてしまった。


「あれ? もしかして照れちゃいましたか?」


 それを好機こうきと見た英美里が、ニヤニヤしながら鈴理に聞いてきた。


「あ、じゃあわたしも聞きたい」


 さらに、真剣しんけんな顔をしたれえなが、質問を重ねてきた。


「れえなのこと、好き?」


 二人にせまられ、鈴理が返事にきゅうしたとき――ちょうど、スマホが振動しんどうし始めた。


「……ボスからの連絡だ」


「あーっ! 逃げるつもりですか!」


「ねえ鈴理、どーなのっ」


「うっさい!」


 鈴理はれえなと英美里に怒鳴どなってから、スマホを耳に当てた。


『うるさいとはなんだ』


「あ、いえ……こっちの話です」


 そう答えると、電話のむこうでボスがため息をついた。なんとなく察したのか、それ以上のことは追求ついきゅうせずに、ボスは本題を切り出した。


『おまえらに調査してほしい場所がある』

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2025年12月9日 18:00 毎日 18:00

掃除屋JKちゃんずのメカバトルレポート こぱか @kopaka

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