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 人型ひとがた兵器へいきが、おどろくほど静かに走り出す。ダークブルーの〈3型〉は、夜に溶け込むようにして、人気ひとけのない路地ろじすべるように走っていった。


 鈴理すずりが乗れば、『テレビのお化け』は『冷徹れいてつな戦闘マシン』に早変はやがわりする。


 いっさいのムダがない、洗練せんれんされた動き。静かに殺気さっきを発するその機体は、圧倒的あっとうてきなパワーを内包ないほうする鋼鉄こうてつの巨人なのである。


 数十メートルの間隔かんかくを置いて、沢渡さわたりもそれに続く。


 れえなはごくりとつばを飲み込んだ。はたして、おにが出るかじゃが出るか。倉庫そうこにいるのは『トクゲタ』なのか、ちがうのか。


 目標もくひょうまで、二十メートル。


 十メートル。


 五メートル。


 ――接敵コンタクト


 シャッターをやぶり、鈴理の〈3型〉がいきおいよく倉庫内へと侵入しんにゅうする。


 とたん、ディーゼルエンジンのうなり声が聞こえてきた。


「……ファルソ・ヴェスパだ」


 れえながつぶやく。そこにいたのは『トクゲタ』ではなく、テロリスト御用達ごようたしの、いつもの密造みつぞう機体きたいだった。


〈ファルソ・ヴェスパ〉。


 イタリア製の二脚にきゃく兵装へいそうをコピーした、粗悪そあく密造品みつぞうひんである。逆三角形の胴体どうたいに、いびつな形の手足、そして球体きゅうたいじょうの頭部をそなえたシンプルな機体だ。


 鈴理は素早すばやく状況を確認かくにんする。


 敵は三機。すぐ近くに一機、倉庫そうこかべぎわに二機。さっき走ってきた路地ろじ見晴みはらしがよかった。この三機は、〈3型〉が走ってくるのを見て、あわてて機体を起動きどうさせたのだろう。


 つまり、一対三。


 しかも、倉庫そうこという閉所へいしょで、囲まれている。


 ふつうなら、一瞬いっしゅんで勝負がつく戦力差だ。鈴理に逃げ場はない。三機にねらちにされて終わりだろう。


 しかし鈴理の〈3型〉は、あくまで冷静れいせいに行動した。


 まずは近くの〈ヴェスパ〉に向かって走る。敵機てっきが武器を持ち上げた。それよりも早く、鈴理の〈3型〉がじゅう機関銃きかんじゅうつ。


 赤々としたマズルフラッシュがひらめく。


 だだだん、という音がひびいた。その一撃いちげきで、〈ヴェスパ〉が足元からくずちる。


 鈴理のねらいは正確せいかくだった。一秒未満みまんたたきこまれた十数発の銃弾じゅうだんが、〈ヴェスパ〉のエンジンを完ぺきに破壊したのだ。


 さらに、鈴理の〈3型〉は足を止めず、たおした〈ヴェスパ〉の後ろへところがりんだ。


 倉庫そうこの向こうから、残り二機がじゅう機関銃きかんじゅうを撃ってくる。集中しゅうちゅう砲火ほうかだ。鈴理は今しがた倒した機体を盾にして、その攻撃をしのぐ。銃弾じゅうだんが四方八方をはねまわり、たてにした機体をずたずたにしていく。


 二体の敵機てっきが、シャッターへと走る。


 敵は、鈴理の〈3型〉をねらちにしつつ、そのまま外に逃げるつもりなのだ。集中砲火はまだ続いている。鈴理はその場を動けない。このままでは敵が外に出てしまう――


 一機目がシャッターにれる。


 ここまで来れば、もう脱出だっしゅつしたも同然どうぜんだ。そうして敵機は気をゆるめ、鈴理への攻撃を甘くしてしまう。当然とうぜんのことだ。それが人間の心理なのだから。


 ――その一瞬いっしゅんを、鈴理は待っていた。


 鈴理の〈3型〉が、盾にした機体の外に転げ出る。


 コンマ三秒で照準しょうじゅんそく発射はっしゃ


 鈴理のじゅう機関銃きかんじゅうが火をいた。シャッターから外に出ようとしていた機体が、その一撃で操縦席そうじゅうせきをずたずたにされる。叩きこまれた十二・七ミリ弾が、操縦兵そうじゅうへいを即死させた。


 それからすぐに、〈3型〉が走り出した。


 最後に残った一機は、状況じょうきょうがのみこめずパニックにおちいる。そこへ向かって、ダークブルーの機体が突進とっしんしていく。


 シールドチャージ。


 がつん、という衝突音しょうとつおんがして、〈3型〉のシールドが〈ヴェスパ〉をふっとばした。すぐにねらいをつけ、発砲。


 重機関銃が火を噴く。


 エンジンに十数発の銃弾じゅうだんを叩きこまれ、敵の〈ヴェスパ〉はすぐに動作を停止した。


『……すごいな』


 沢渡さわたりの声が聞こえた。


 完全制圧。閉所へいしょにおける一対三という圧倒的あっとうてきに不利な状況じょうきょうを、鈴理はあっさりとひっくり返してみせた。


 港川みなとがわ鈴理すずり秀才しゅうさいだ。


 彼女の動きにはムダがない。どんな状況下でも常に冷静れいせいで、常に完ぺきな挙動きょどうをする。鈴理の射撃しゃげき正確せいかくで、ねらったマトは外さない。


 ただ、それは鈴理にとってなんら特別なことではないらしく、


『やっぱハズレか。さっさと終わらせてれえなのゴミ部屋を片付けたいのにな』


 なんてことをぼやいていた。


 とはいえ、ここがハズレだったのは鈴理の言うとおりだ。れえなたちが探しているのは『トクゲタ』であって、そのへんの凶悪きょうあく犯罪者はんざいしゃではない。もうすっかり夜だというのに、このミッションの達成たっせいにはまだまだ時間がかかりそうだった。

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